ブーケの行方と、あの日の片思い
第六章:式典中の視線
オルガンの重厚な響きとともに、美咲と健太がゆっくりとバージンロードを進んでいく。
花嫁姿の美咲は眩しいほどに美しく、優花は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
(美咲、本当に綺麗だよ……)
友人としての幸福が満ちていく一方で、優花の視線は、どうしても通路を挟んだ向こう側――宏樹の立つ列へ吸い寄せられてしまう。
宏樹は姿勢を正し、真摯な面持ちで祭壇を見つめていた。
学生時代は式典となると落ち着かないそぶりを見せがちだった彼が、今はどこから見ても「大人の男性」としてそこにいる。
五年間という時間が、見えない輪郭をそっと描き直したようだった。
ミサが始まり、参列者は着席する。
牧師の厳かな声が響く中、優花は宏樹の隣に誰かいないか、どうしても気になってしまう。
視界の端だけで、慎重に、ゆっくりと隣席を確認する。
――空席。
隣に座っているのは年上の男性の先輩だけだった。
その事実に、優花は自分でも気づかないほど深く息を吐いた。
もし隣に親しげな女性がいたなら、式の間中、祝福よりもざらついた感情が胸を占めていたに違いない。
(……ちゃんと前を見なきゃ。美咲と健太の晴れ舞台なんだから)
誓いの言葉。指輪の交換。
美咲の瞳に涙が光り、健太が不器用に笑う。
(健太、美咲を泣かせたら承知しないからね)
心の中で小さく冗談を言いながらも、優花の目元も自然と熱くなり、ハンカチをそっと目元に当てた。
賛美歌の斉唱が始まり、参列者全員が立ち上がる。
立つことで、視界の遮りがなくなり、宏樹との距離が先ほどより近く感じられた。
優花は歌集に視線を落とし、無心で歌詞を追う――はずだった。
だが、不意に、視線がチラリと横へ滑ってしまう。
宏樹は歌集を真面目に見つめ、口元で小さく賛美歌をなぞっている。
その横顔の真剣な線――昔から変わらない部分と、大人びた陰影が重なった瞬間。
優花の胸が、また跳ねる。
(だめ……見すぎ。ちゃんと前を――)
慌てて顔を戻そうとした、その瞬間。
宏樹がふいに顔を上げ、優花の方を見た。
目が、合った。
ほんの一瞬。
けれど、その一瞬は、やけに鮮明で、胸の内側を掴むような衝撃だった。
すぐに彼は祭壇へ視線を戻した。
そこに特別な色はない――ただ、見ただけ。
それだけのはずなのに。
(……今、私を見た?)
頬が熱を帯び、優花は慌てて歌集へ視線を固定する。
まるで五年前の想いをすべて見透かされたような錯覚が、静かな式場でひとり胸を締めつけた。
言葉も、賛美歌の旋律も、耳に入らなくなる。
(落ち着いて……これは私だけが勝手に動揺してるだけ)
どうにか自分に言い聞かせた頃、式はクライマックスを迎えていた。
退場する美咲と健太の幸せそうな笑顔に、教会は拍手の音で満たされる。
優花も笑顔で手を叩き、親友に最高のエールを送った。
これで、ひとまず緊張の時間は終わる。
次は披露宴――少し気楽で、少し華やかで、少し距離の縮まりやすい空間。
優花は深呼吸で火照った頬を冷まし、宏樹の席へ目を向ける。
すでに席を立ち、友人たちと出口へ向かう後ろ姿が見えた。
その背中は、学生時代と同じように、遠く、そしてまっすぐだった。
(……大丈夫。次は平静でいられる。ちゃんと“大人の友人”として振る舞える)
自分にそう言い聞かせるように、優花はそっと拳を握った。
彼のたった一度の視線に、もう振り回されたりはしない――
そう、心の中で固く誓いながら。
花嫁姿の美咲は眩しいほどに美しく、優花は胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
(美咲、本当に綺麗だよ……)
友人としての幸福が満ちていく一方で、優花の視線は、どうしても通路を挟んだ向こう側――宏樹の立つ列へ吸い寄せられてしまう。
宏樹は姿勢を正し、真摯な面持ちで祭壇を見つめていた。
学生時代は式典となると落ち着かないそぶりを見せがちだった彼が、今はどこから見ても「大人の男性」としてそこにいる。
五年間という時間が、見えない輪郭をそっと描き直したようだった。
ミサが始まり、参列者は着席する。
牧師の厳かな声が響く中、優花は宏樹の隣に誰かいないか、どうしても気になってしまう。
視界の端だけで、慎重に、ゆっくりと隣席を確認する。
――空席。
隣に座っているのは年上の男性の先輩だけだった。
その事実に、優花は自分でも気づかないほど深く息を吐いた。
もし隣に親しげな女性がいたなら、式の間中、祝福よりもざらついた感情が胸を占めていたに違いない。
(……ちゃんと前を見なきゃ。美咲と健太の晴れ舞台なんだから)
誓いの言葉。指輪の交換。
美咲の瞳に涙が光り、健太が不器用に笑う。
(健太、美咲を泣かせたら承知しないからね)
心の中で小さく冗談を言いながらも、優花の目元も自然と熱くなり、ハンカチをそっと目元に当てた。
賛美歌の斉唱が始まり、参列者全員が立ち上がる。
立つことで、視界の遮りがなくなり、宏樹との距離が先ほどより近く感じられた。
優花は歌集に視線を落とし、無心で歌詞を追う――はずだった。
だが、不意に、視線がチラリと横へ滑ってしまう。
宏樹は歌集を真面目に見つめ、口元で小さく賛美歌をなぞっている。
その横顔の真剣な線――昔から変わらない部分と、大人びた陰影が重なった瞬間。
優花の胸が、また跳ねる。
(だめ……見すぎ。ちゃんと前を――)
慌てて顔を戻そうとした、その瞬間。
宏樹がふいに顔を上げ、優花の方を見た。
目が、合った。
ほんの一瞬。
けれど、その一瞬は、やけに鮮明で、胸の内側を掴むような衝撃だった。
すぐに彼は祭壇へ視線を戻した。
そこに特別な色はない――ただ、見ただけ。
それだけのはずなのに。
(……今、私を見た?)
頬が熱を帯び、優花は慌てて歌集へ視線を固定する。
まるで五年前の想いをすべて見透かされたような錯覚が、静かな式場でひとり胸を締めつけた。
言葉も、賛美歌の旋律も、耳に入らなくなる。
(落ち着いて……これは私だけが勝手に動揺してるだけ)
どうにか自分に言い聞かせた頃、式はクライマックスを迎えていた。
退場する美咲と健太の幸せそうな笑顔に、教会は拍手の音で満たされる。
優花も笑顔で手を叩き、親友に最高のエールを送った。
これで、ひとまず緊張の時間は終わる。
次は披露宴――少し気楽で、少し華やかで、少し距離の縮まりやすい空間。
優花は深呼吸で火照った頬を冷まし、宏樹の席へ目を向ける。
すでに席を立ち、友人たちと出口へ向かう後ろ姿が見えた。
その背中は、学生時代と同じように、遠く、そしてまっすぐだった。
(……大丈夫。次は平静でいられる。ちゃんと“大人の友人”として振る舞える)
自分にそう言い聞かせるように、優花はそっと拳を握った。
彼のたった一度の視線に、もう振り回されたりはしない――
そう、心の中で固く誓いながら。