【完結】恋はあの人に、堕ちたのは君に。〜今日も意地悪な同期の腕の中で〜
行為の余韻がまだ色濃く残る、深夜の寝室。
シーツにくるまったまま、有紀は黒瀬に背を向けて、目を閉じていた。
静かに流れる空気の中、背後からそっと体温が重なる。
腕が緩くまわされ、あたたかさが背中に触れる。
「……黒瀬くんと、同じチームになるなんて、思わなかった」
ぽつりとこぼした言葉に、しばしの間をおいて、
「……そうだな」
低く、眠たげな声が返ってくる。
「なんか……変な感じ」
「……なにが?」
他意のなさそうな声。
けれど、その“自然体”がどこか無防備で、有紀の胸をざわつかせた。
「……仕事中の黒瀬くんと、今の黒瀬くん……まるで別の人みたいに見えるから」
それに対して黒瀬は、ふっと喉を鳴らすように笑った。
「……まあ。一応リーダーって立場だし。ちゃんと線は引いてるつもり」
「……うん。わかってる」
わかってる。
仕事のときの黒瀬は、公平で、冷静で、誰にでも分け隔てない。
必要以上に距離を詰めることも、特別扱いすることも、しない。
それが“正しさ”なのだと、頭では理解している。
……でも。
「ん?」
後ろから頬を寄せながら、黒瀬が小さく問い返してくる。
有紀はほんの少しだけ目を伏せて、静かに言葉を落とした。
「……昼間は目も合わせないのに、夜になるとこんなふうに優しくされると……ちょっと、ずるいって思うの」
押し殺すような声だった。
けれど、黒瀬はなにも言わない。
腕のぬくもりも、変わらずそのままだった。
「……私だけが、こうしてもらってるって、思いたいのに」
ぽつんと、胸の奥に沈めていた言葉がこぼれる。
ほんの少しの、わがままな本音。
でも、それすら届かない気がして、声はかすかに震えていた。
ふと浮かぶのは——
昼間、川上と笑い合っていた黒瀬の横顔。
自分の知らない時間に、あんなふうに誰かと笑っている彼を、
どうしても“平気”だと思えなかった。
……それはきっと、
今のふたりが、名前のない関係で繋がっているから。
そんな沈黙の中で、黒瀬がぽつりと呟いた。
「……そう思っていいよ」
「……え?」
「お前にしかしてないから。……こういうの」
背中越しの言葉だった。
やさしくて、穏やかで、どこか不器用な響きが、じんわり心の奥に染み込んでくる。
けれど、それだけだった。
“好き”も、“恋人”も——そこにはない。
ただ、あたたかく抱かれているというだけ。
(……やっぱり)
有紀はそっと目を閉じる。
その言葉に、たしかに救われた気もした。
でも同時に、ひとすじの寂しさが胸を締めつける。
——嬉しいはずなのに。
なのに、なぜか苦しくなるのは。
この関係に、確かな名前がないせいなのかもしれなかった。