【完結】恋はあの人に、堕ちたのは君に。〜今日も意地悪な同期の腕の中で〜

ざわつく気持ちを振り払って

その日の昼休み。



オフィスビルのロビーで、わたしは静かにスマホの画面を見つめていた。



メッセージの通知は、一通だけ。


 
【高峰】
今日、空いてたらご飯行かない?
出張のお疲れ会しよう。
 


(……どうしよう)
 


指先は、すぐに返事を打てる位置にあるのに。



なのに、心が迷っていた。


 
「行ってくれば?」



あのとき黒瀬くんが、そう言った顔が、何度もよみがえる。



あんなにあっさり言われるなんて思っていなかった。



止めてほしかったわけじゃない。


でも、せめて──少しでも戸惑ってくれたら。



(……それを期待するのは、勝手すぎる、か)



 
高峰くんのことは、ずっと好きだった。
入社してから、ずっと。



恋人になれなくても、近くにいられたらそれでいいって、そう思っていたはずなのに。


 
でも、いま──黒瀬くんの顔ばかりが浮かぶ。



飄々とした笑い方とか、ちょっと意地悪な口調とか、
それでも、時折見せるあの優しいまなざしとか。


 
──それでも。


 
(高峰くんは、真っ直ぐだった)
 



わたしのことを「もっと知りたい」と言ってくれた。



変わらず優しくて、まっすぐに気持ちを伝えてくれる彼の言葉が、嘘じゃないこともわかってる。
 


「……行こう」
 



小さくつぶやいて、返信画面に「行きます」とだけ打ち込んだ。



──高峰くんの気持ちに応えるため、じゃない。



まずは、自分の気持ちを確かめるために。




今の私は、まだ答えを出せていない。



だからこそ、心を動かされた人の前で、もう一度、ちゃんと向き合ってみたかった。


 
高峰くんに会えば、何かが見えるかもしれない。



そして、見えてしまうかもしれない。




それでも、わたしは──
 



進まないといけない気がした。


 
だけど。
心の奥のどこかで、小さく囁く声がある。



「……なんで、こんなに気持ちがザワザワするんだろう…」



その声を、振り切るように、スマホの画面を伏せた。






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