【完結】恋はあの人に、堕ちたのは君に。〜今日も意地悪な同期の腕の中で〜
店内はにぎやかな笑い声とグラスの音に満ちていた。


けれど、わたしの目は、向かいに座る高峰くんばかりを見ていた。



「ほんと、おつかれ。初出張、よく頑張ったな、佐伯」


「……ありがとう」


落ち着いた声。


あの日も、この声に救われたんだ。
さりげないフォローも、穏やかな笑顔も。


──ちゃんと見てくれていたんだって、思えた。



「クライアント、すっかり佐伯に惚れてたよ。営業うまいなーって」


「やめてよ……社長が優しい人だっただけ。高峰くんにも、たくさん助けてもらったし」


「でもさ。……俺、思ったんだよね。あの出張で改めて気づいた」


「……え?」


「佐伯のこと、やっぱりもっと知りたいって。仕事してる姿も、話し方も、ぜんぶちゃんと見て、そう思った」
 


突然の言葉に、心臓が強く鳴った。


「……っ」


高峰くんはまっすぐこちらを見ていた。
冗談でも、気まぐれでもない。


いつもの優しい瞳で、しっかりと想いを伝えてくれている。



「……あのね、高峰くん」



口が自然と動いていた。



「ん?」


「土曜日、空いてる? ……お昼、一緒に出かけない?」



自分でも驚いた。


でも、急じゃなきゃ、きっと言えなかった。



高峰くんは少し驚いた顔をして──すぐにやわらかく笑った。



「行こう。どこ行く?」

「えっ、ほんと? まだ何にも考えてないんだけど……」

「じゃあ、俺が考えるよ」

「え、いいの?」

「うん。じゃあ、土曜日はデートってことで」

「──うん」



“デート”って言葉に、思わず顔が熱くなる。



なのに彼は、何気ないみたいに言ってのけた。



昔からそうだった。



距離の詰め方が自然で、でも押しつけがましくない。 



そんなところが、ずっと好きだった。



「楽しみ。ありがとう、佐伯」



高峰くんのその笑顔に、また心が揺れる。



(……ちゃんと、向き合おう)



叶わないと思っていた恋が、いま目の前にある。



でも──



黒瀬くんの、あの夜の熱と、ふとした視線が、どうしても胸から離れなかった。



わたしの中には、まだふたりの名前が静かに揺れていた。










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