【完結】恋はあの人に、堕ちたのは君に。〜今日も意地悪な同期の腕の中で〜
「……シャワーでも、浴びてくれば?」


しばらくまったりした後、ベッドの上で、ごろりと仰向けになった黒瀬が、ぽつりと口にした。


「え……い、今?」

「今でしょ。ほら、昨日けっこう汗かいたし」

「言い方っ……!」



赤くなりながらも、確かにその通りだと思い、渋々シーツをかき寄せて起き上がる。


バスルームに入ると、備品がきちんと整えられているのに気づいた。



(……この人、普段からちゃんとしてるのかな)



なんとなく「適当そう」というイメージを持っていたから、きれいに並べられたタオルや、ホテルみたいに整った洗面台が、意外だった。



軽くシャワーを浴びて戻ってくると、部屋の外からふわっといい匂いがしてくる。



(……なにか焼いてる?)



リビングに出ると、キッチンに立つ黒瀬の姿が目に入った。



「え、ちょっと……なにしてるの……?」

「朝ごはん。たいしたもんじゃないけどな」


さらっと言うその声の横で、コンロの火にかけられたフライパンがじゅうじゅうと音を立てていた。



トースターの中ではパンが焼かれ、ミルクを温める小鍋も用意されている。



テーブルには、すでにコップ、ヨーグルトとカットされたフルーツが並んでいた。


「……すごっ…こんなに……自分で?」


「自分でっていうか、俺しかいねーし」


「いや、そうなんだけど……」


黒瀬くんが料理してる姿を初めて見た。
しかも、慣れた手つきで、何も言わずに自然にやってのけている。



「座って待ってればいいよ。もーすぐパン焼けるから」


「……あ、うん……」



差し出されたミルクティーを両手で受け取り、椅子に座る。



カップを口に運ぶと、やわらかい甘さが広がった。


(……なんでこんなに、ちゃんとしてるの……)


いつもの黒瀬くんは、もっと軽口ばっかりで、からかってきて、振り回してきて。



だけど今目の前にいる彼は──
何も言わずに、有紀のために朝を整えてくれている。


「……ギャップすごすぎるんだけど」



ぽつりと漏れたその言葉に、黒瀬が振り返る。


「ん? 何か言った?」


「なんでもない……」



思わず目を逸らしてしまう。



(……どういうつもりなの、ほんと)



からかわれてるのか、本気なのか。
分かるようで、やっぱり分からない。



だけど。



目の前で、静かに食卓を整える彼の後ろ姿が──
なぜか、少しだけ愛おしく感じてしまった。





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