すべてを失ったはずが、一途なパイロットに秘密のベビーごと底なしの愛で囲い込まれました
「悠里、話がしたい」

 頃合いを見計らって立ち去ろうとしていたのに、先手を打つように彼が言う。

「急いでいるから」

 じりじりと距離を取る。それに気づいた柴崎さんは、どうしてか傷ついたような顔をした。

「お願いだ、悠里。話をさせてほしい。だが、光太君はあれほど泣いていたんだ。ここで足止めをするのは、君にもこの子にも負担が大きい」

 光太の名前を知られたことに、しまったと思う。でもどうやらこの場は解放してくれそうな流れに、それくらい仕方がないと切り替えた。

「俺の連絡先は変わっていない。イタリアにはあと十日間ほど滞在している。手の空いたときでいいから、連絡がほしい」

 懐から取り出した名刺を、私に差し出してくる。素直に受け取れないでいると、「悪い」と言いながら、肩にかけていた鞄に入れてきた。

「君に、渡したいものがあるんだ」

「私に?」

「ああ。だから、必ず連絡がほしい」

 どうするかは私しだいだ。とりあえずうなずいておけば、彼の前から逃げることができる。なんて考えながら、名刺を入れられたバッグに目をやる。

「わかり、ました」

 仕方がなく答えると、柴崎さんは安堵した表情になる。

「向かっている場所は、ここから近いのか?」

「え、ええ」

「送って――」

「大丈夫。すぐなので。そ、それじゃあ」

 彼の反応を待たないまま歩きだす。
 背中に痛いほどの視線を感じるものの、幸い追いかけて来られることはないようでほっとした。
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