すべてを失ったはずが、一途なパイロットに秘密のベビーごと底なしの愛で囲い込まれました
 叔母の家に着く前から寝ていた光太は、部屋の中に入ると温度の変化を感じたのか小さく身をよじった。

『おかえり、悠里。光太は寝ちゃったかな?』

『そうなの。泣かないといいけど』

 出迎えてくれたセルジオが、抱っこひもを外した私から光太を受け取ってくれる。
 目を開ききょとんとした光太だったが、さっき大泣きしたのが嘘のようにおとなしい。そのまま、セルジオにもたれてされるがままでいる。

 手洗いを済ませて、キッチンにいる叔母のもとへ向かう。

「お疲れ様。今晩はビーフシチューよ」

「美味しそう」

「光太君のも。ほら」

 隣の小鍋には、光太用に細かく刻まれた野菜とチキンが煮込まれている。あとは幼児用のルーを溶かすだけだ。
 叔母の家でご飯を食べる機会は多い。光太の世話をずっと手伝ってくれている叔母は、育児の経験はないと言いつつ、もうすっかり慣れている。

 叔母の隣に立ち、早速仕上げに取り掛かった。

 準備が整い、セルジオが光太を座らせてくれる。ここで使っている幼児用の椅子は、叔母が光太のために作ってくれたものだ。

 食卓では、仕事の話はしない。四人集まると、幼い光太が話題の中心になりがちだ。私の練習にもなるからと、イタリア語で話す。

『〝ノンン〟って言ったのは、絶対にセルジオのことよ』

 私がそう言うと、セルジオがうれしそうな顔をする。

『よかったじゃない。光太君、こっちは〝ノンナ〟よ。ノ、ン、ナ』

 叔母もセルジオと競うようにして、自分を〝おばあちゃん(ノンナ)〟と呼ばせようとしている。

「光太はみんなに愛されているんだよ」

 ふと柴崎さんの顔が浮かんだが、急いで振り払う。

 父親がいなくても、本当の祖父母はもう他界していても、私たち親子にはこんなに心強い味方がいる。
 たくさん愛されていると、光太には繰り返し言い続けてきた。そうすることで私自身も、ひとりじゃないと不安を吹き飛ばしていた。
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