すべてを失ったはずが、一途なパイロットに秘密のベビーごと底なしの愛で囲い込まれました
「重いですよね、すみません」

「ぜんぜん。小さな体で精いっぱい主張して、逞しいじゃないか。まあ、世話をする側にとっては大変だろうが、見ていて愛しくなる」

 彼があまりにも優しい表情を光太に向けるから、胸が切なくなる。

「家まで、すぐですから」

 自宅を知られるのはと迷ったが、彼はすでに私の職場や連絡先を把握しているのだからかまわないだろうと考え直す。今だけの関係だ、不都合はないはず。

「いつもはひとりで、光太君の世話を?」

「数カ月前までは、叔母の家でお世話になっていました。パートナーのセルジオとそろって、育児も家事も協力してくれて」

 柴崎さんとの距離感がよくわからない。どんな調子で話せばいいか迷う。

「叔母もセルジオも、ずっと一緒に暮らせばいいとまで言ってくれたんですけど。それは私が心苦しくて。自立したいっていう私の希望で、部屋を借りたんです」

 大変だけど、後悔はない。なにもかも頼ってばかりという状況は、ありがたい半面、私を不安にさせた。
 困難に陥ったときに、自分の足で立っていられる力がほしい。光太というなによりも大事な存在ができたことで、そう強く思うようになった。

 といってもアパートはセルジオの紹介で格安で借りているし、仕事だって叔母ありきのものだ。自立したと言うにはまだまだほど遠い。

「たくさん苦労をしたんだろうな」

 なぜか、柴崎さんが苦しそうな顔をする。見ている私が胸をしめつけられるようで、慌てて話題を変える。

「柴崎さんは、なんでイタリアへ?」

「うちの会社から、ベネチア・テッセラ空港へ直行便の就航が決まったんだ。その関係でね」

 彼の立場はわかっていたけれど、スケールの大きな話に驚いて目を瞬く。
 柴崎さんはいずれ大企業のトップに立つ男性で、今さながら自分が隣にいていいような人ではないと気づかされる。

 わかっていたはずなのに、自分とは住む世界の違う人だと意識させられてチクリと胸が痛む。それも今だけのことだと、見ないふりをした。
< 119 / 183 >

この作品をシェア

pagetop