すべてを失ったはずが、一途なパイロットに秘密のベビーごと底なしの愛で囲い込まれました
 彼とそろって病室を後にする。扉が完全に閉まると、どちらともなく視線を合わせた。

「あの。あらためまして、昨日は本当にありがとうございました。それから――」

「歩きながら話そう」

 ここが病院だと忘れていた。先を行く彼に慌てて続き、隣に並ぶ。

「雄大さんは、俺にとってもうひとりの父親のような存在なんだ」

「え?」

 歳の離れたふたりが、どうしてそんな関係になっているのか。

「この後、なにか予定はあるか?」

「いえ、帰るだけです」

「それなら、夕飯に付き合ってくれないか? 君がきちんと食べるのを見届けたいし」

 そう言って彼は、いたずらな表情で私を見た。

 昨日からさっきまでのやりとりで、彼には食欲がないのもしっかり眠れていないのもバレている。父との話も聞かせてくれるのかもしれないと期待が膨らみ、彼の提案にうなずいた。

 帰りが遅くなっては行けないからと彼は私に気遣い、病院の近くにあるカジュアルなレストランに案内してくれた。大通りから少し入ったわかりづらい所にあるこのお店は、彼の友人が教えてくれた穴場なのだという。

 席に着き、オーダーを済ませる。
 向かい合わせになった途端に異性とふたりきりでいることを意識させられ、なんだか緊張してきた。

「今日はわざわざ、父のお見舞いに来てくださってありがとうございます」

「いや。本当は、昨日の仕事上がりに寄るつもりだったんだ」

「すみません。それじゃあ、私のせいで……ご迷惑でしたね」

 こうして二度も足を運ばせてしまったのが申し訳ない。

「迷惑だなんて思っていないから。あの場で、悠里さんを助けられたのは幸運だった」

 病室での会話から知ったのだろうけれど、急に名前で呼ばれてドキリとする。彼の方はいたって平然としており、なにも特別な事でもなかったのだろう。
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