すべてを失ったはずが、一途なパイロットに秘密のベビーごと底なしの愛で囲い込まれました
 父が退院したら、これまでよりももっと栄養に気遣ったメニューを考えよう。そう心に誓っていたところで、スマホの着信音が鳴った。

 病院からの連絡かもしれず、慌てて手にする。画面に表示されていたのは、柴崎さんの名前だった。

「も、もしもし?」

 メッセージのやりとりは頻繁にしてきたけれど、電話は初めてだ。

『急にごめん。今、大丈夫だった?』

「はい」

 彼はまだ職場にいるのか、ざわざわした様子が微かに伝わる。

『雄大さんの退院が決まったって? おめでとう』

「ありがとうございます」

『落ち着いた頃に、自宅にお祝いに行かせてもらっても?』

「もちろんです。父にも伝えておきますね」

 それから簡単な会話を終えて通話を切る。それからふうと息を吐き出した。

「そういえば……」

 一緒に出掛けたりメッセージのやりとりをしたり、柴崎さんとのつながりをすっかり当たり前になっていた。
 でも父が退院したら、お祝いを最後に彼とのつながりは途切れてしまうのだろう。
 もちろん、父の体調が回復することがなによりも大事だ。父には、いつまでも元気でいてほしい。

 けれど……と、それとは別に気持ちが沈む。

 私と柴崎さんは、父あっての関係だ。父が日常の生活に戻れば、彼との接点はなくなる。そう思うと、気持ちは伝えないと決めているはずなのに胸が苦しくなった。

「ううん。これでいいんだって」

 もともと、柴崎さんは雲の上の人だ。本当なら、こうして連絡を取り合うような相手じゃない。父がいなければ、知り合う機会すらなかった。
 彼は私が父の娘だから、なにかと気にかけてくれた。そんな頼もしくて優しい彼を、私がうっかり好きになってしまっただけ。

「忘れないと」

 ズキズキと続く胸の痛みに気づかないふりをして、食器を片づけようと席を立った。

< 38 / 183 >

この作品をシェア

pagetop