すべてを失ったはずが、一途なパイロットに秘密のベビーごと底なしの愛で囲い込まれました
 仕事を終えて、待ち合わせ場所へ向かう。

 彼と会うのは、関係を持ったとき以来になる。どんな顔すればいいのかわからず、近緊張がどんどん高まっていく。
 ここはあえて、なにもなかったかのように振る舞うのが無難のはず。

「悠里」

 指定された駅のロータリーで待っていたところ、名前を呼ばれて顔を上げる。柴崎さんだ。

「乗って」

 人も車も込み合う中、待たせてはいけないといそいそと助手席に乗り込んだ。

 シートベルトを閉めて車が動き出したところで、そう言えば呼び方があのときのままだと気づく。それをどう指摘すればいいのか。そもそも言うべきではないのか。迷っているうちに触れるタイミングを逃していた。

「今日はレストランを予約しているんだ。落ち着ける場所で、話がしたくて」

「誘ってくださって、ありがとうございます」

 赤信号で停車し、不意に柴崎さんが言う。

「俺の方が年上だし立場だなんだと思うところもあるかもしれないが、もっと気楽にしてくれるとうれしい」

 それはどういう意図があるのだろう。そう遠慮気味に隣を見ると、目が合った彼に穏やかな笑みを向けられてドキリとする。

「そ、その、できるだけ、そうします」

 動揺して、答えがすでに硬い口調になっている。それを小さく笑った柴崎さんは、前を見すえたまま気楽な話題で場をつないでくれた。
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