すべてを失ったはずが、一途なパイロットに秘密のベビーごと底なしの愛で囲い込まれました
「妊娠していますね。ほら、はっきり反応が出ています」

 移り住んだアパートに近い産婦人科を受診したところ、医師からあっさりと告げられる。出産予定日は八月ごろだという。

 私が未婚だったせいか、「パートナーとしっかり相談するように」と助言を受けた。
 母親世代の女性医師で、「いつでも相談に乗りますからね」と声をかけてくれる。その優しさに、気を抜けば泣きそうになった。

 自宅に帰り、呆然とする。

「そうだ。柴崎さんに……」

 性懲りもなく彼に知らせるべきかと思い立つが、できるわけがないとかぶりを振る。容疑がかけられた身で彼に関わるわけにはいかない。
 まして妊娠したなんて言ったら、彼はどう思うだろうか。そんなつもりはなかったと疎ましく見られたり、本当に自分の子かと疑われたりしたらと思うと途端に怖くなる。

 彼は誠実な人だと信じたい。

 でもそれは、父という間に入る存在がいたからこその態度だったのかもしれないと穿った見方をしてしまう。

 信じていた叔父につらく当たられた事実が、相当答えているようで他人を信じるのが怖くなってきた。

 妊娠なんて、考えてもみなかった。もちろん、意識したことも望んだこともない。
 だけど……と、お腹に手を添えた。体調不良以外の実感はなにもないのに、ここに命が宿っているのだと思うと不思議と心が凪いでいく。

 幼い頃に母を亡くし、父までいなくなってしまった。

『もう子供じゃないんだから!』と、何度も父に反発していたというのに、本当にひとりぼっちになってしまった途端に心細くてたまらない。

 下腹部に、もう片方の手も重ねる。

 今のままではいずれ貯金は尽きて経済的に困窮するだろうし、住む場所も仕事もこれから探さなくてはならない。

 明るい展望なんてなにひとつない。ひとりで生きていく自信もない。
 でもここに宿ったのは愛した人の子で、私と血のつながった赤ちゃんだ。

 この子をどうしても産みたいと思うのは、間違っているだろうか。それができるかどうかはわからないけれど、なんとしても手放したくない。
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