すべてを失ったはずが、一途なパイロットに秘密のベビーごと底なしの愛で囲い込まれました

新しい生活

 手もとにあるわずかな荷物をバッグに詰めて、十日間だけ過ごしたアパートを後にする。この部屋には思い入れはない。二度と戻るつもりはないけれど、少しの寂しさも感じなかった。

 実家に残る荷物は、まだ証拠が出てくるかもしれないからと持ち出すことを叔父に禁じられてしまった。さらに、証拠を隠滅する可能性もあるから近づくなとも言われている。

 死守できたのは母の形見のネックレスと、父が特に気に入っていた手のひらサイズの飛行機の模型だけ。なにもないよりは、まだよかったのだろう。そう思わなければ、恨む感情ばかりが大きくなってしまいそうだ。

 自分のものは、貴重品と必要最低限の生活用品を持ってきただけだ。あのときは、それで精いっぱいだった。
 日本での暮らしを捨ててイタリアに行くのなら、この荷物の少なさはちょうどいい。

 叔母と話したことで少しは落ち着きを取り戻し、叔父の振る舞いはあまりにも横暴でおかしな話だと思うようになった。
 それでも横領の証拠があると言われた以上は下手な行動に出ることは憚られ、結局は逃げるような形になってしまう。

 悔しさや、やるせなさがあるのは否定しない。父の無実を証明したかった。

 でも私にはそれができるだけの力がない。それに、今はお腹の子のことを第一に考えていたかった。

 食事をとるようにしてから、体調は以前よりよくなっている。幸いにも、悪阻の症状は少しずつ収まってきた。
 妊娠初期に飛行機に乗るのは不安があるが、このまま叔父の決めたアパートにとどまり続ける方が私の心の負担になっていた。そこで医師とも相談した上で、このタイミングでイタリアへ向かうことを選んだ。
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