すべてを失ったはずが、一途なパイロットに秘密のベビーごと底なしの愛で囲い込まれました
 日差しはようやく弱まってきたため、サングラスがなくても大丈夫そうだ。
 ベネチアの街にも慣れて、行動範囲もずいぶんと広がった。こうしてひとりで出歩くことに不安もほとんどなくなったし、関わる人の輪も大きくなっている。

 光太と過ごす時間は減ってしまったが、仕事でこれまで以上に叔母の役に立てていることが私を前向きな気持ちにさせてくれる。
 父にはもうできない親孝行を、せめて今お世話になっている叔母たちに返したい。それが私を奮い立たせる原動力になっている。

 光太を迎えに、保育園に立ち寄った。
 先生たちは親切な方ばかりで、言葉に不安のある私が安心できるよう、光太の様子を丁寧に教えてくれる。

 好奇心旺盛な光太は、活発に動き回っているのだという。歩けるようにもなってきたがいつ転ぶかという危なっかしさがあり、仕事の片手間にお世話をするのは危険だった。だから、保育園に預けるのは正解だった。

 対面した光太がちょっとご機嫌斜めなのは、遊びを中断したかららしい。持参したお気に入りのぬいぐるみを持たせてやると、なんとか抱っこひもに納まってくれてほっとした。

「帰ろっか」

 ぷくぷくのほっぺをひとなでして、叔母の家に向けて歩きだす。
 ここベネチアは、とにかく階段が多い。そのため、ベビーカーが使いづらいところが難点だ。

「まんま」

 光太が空いていた方の腕を伸ばして、私の頬に触れてくる。その小さな手に、自身の手を重ねた。

「なあに? 光太」

 少しずつ言葉を発するようになり、私のこともこうして呼ぶようになった。

 イタリアの子どもは、母親のことを〝マンマ〟と呼ぶ。光太は保育園の先生やセルジオの影響をたくさん受けているから、これは食べ物のことではなくイタリア語として発音しているのだろう。

 頭をなでてやると、機嫌もだいぶ良くなったようでキャッキャとうれしそうな声を発した。
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