酒好きがバレて追放された元聖女ですが、不眠症の辺境伯様と【秘密の晩酌】はじめました 〜昼は冷徹、夜は甘々。ほろ酔い旦那様の執着愛が止まりません〜
「……入りますよ」

 声をかけて中に入ると、フロスティ様はまだ窓辺に立っていた。

「……アマレッタ」

 振り返った彼の顔は、心なしかやつれていた。

「難しい顔をしていると、シワが増えますよ。はい、どうぞ」

 私は湯気の立つマグカップを押し付けた。

「これは……?」

「ホットチョコレートです。頭を使った時は、糖分補給が一番」

 彼は怪訝そうにカップの中を覗き込んだ。
 茶色い液体の上に浮かぶ、溶けかけた白い物体。

「……毒々しいな」

「失礼な。マシュマロですよ。騙されたと思って飲んでみてください」

 彼はためらいがちにカップを口へ運んだ。

 カカオの香り。
 そして、オレンジリキュールの香り。

 ずずっ。

 熱い液体が口の中に流れ込む。
 濃厚なビターチョコの苦味と甘味。
 そこに、とろけたマシュマロの強烈な甘さが絡みつく。

 甘い。
 脳が痺れるほど甘い。
 けれど、リキュールのアルコールと柑橘の香りが、後味を驚くほど上品にまとめている。

「……んッ」

 フロスティ様の眉間から力が抜けた。
 こわばっていた肩が下がり、張り詰めていた空気が霧散する。

「……甘い。……だが、悪くない」

 彼はもう一口、今度はマシュマロごと啜った。
 口の端にチョコがついている。
 可愛い。

「……君は、帰りたいか?」

 唐突に彼は言った。
 視線はカップに落としたままだ。

「王都へ戻れば、聖女としての地位も戻るだろう。こんな何もない雪国より、華やかな都会の方が……」

「戻るわけないでしょう」

 私は食い気味に即答した。

「え?」

「あんなブラック職場、二度と御免です。酒は禁止されるわ、休みはないわ。それに比べてここは天国ですよ。水は綺麗だし、食材は豊富だし、何より……」

 私は自分の分のカップを傾け、にやりと笑った。

「最高の飲み友達がいるじゃないですか」

 フロスティ様が、ぽかんとして私を見た。
 そして、次の瞬間。

 グイッ。

 腕を引かれ、私は彼の胸の中に収まっていた。

「……っ、ちょ、チョコがこぼれます!」

「かまわない」

 彼は私を強く抱きしめ、肩に顔を埋めた。
 震えているようにも見えた。

「君は強いな。私の方が、君に依存している」

 耳元で、甘いチョコの香りのする吐息がかかる。

「行かせない。誰にも渡さない。もし国王が無理やり君を連れて行こうとするなら」

 彼が顔を上げた。
 その瞳は、もう揺れていなかった。
 冷たく、鋭く、けれど情熱的な光を宿している。

「私がこの国ごと、凍らせてでも阻止する」

 物騒な愛の告白だ。

 でも、不思議と怖くはなかった。
 むしろ……嬉しかった。

「……はいはい。頼もしいですね、私の旦那様は」

 私は彼の背中をポンポンと叩いた。

「大丈夫、どこにも行きませんよ。……この美味しいお酒がある限りはね」

「……そこは『私がいる限り』と言ってほしいところだが」

 彼は苦笑し、残りのホットチョコレートを一気に飲み干した。

「……美味かった。……甘くて、温かくて……」

 ふらり。
 彼の体が傾く。

「……マシュマロのように……とろけそうだ……」

 ドサッ。

 ソファに沈み込んだフロスティ様は、もう夢の中だ。
 口元に満足げな笑みを浮かべて、すーすーと寝息を立てている。
 先ほどまでの殺気立った様子が嘘のようだ。

 私は毛布をかけてやり、窓の外を見た。
 雪はまだ降っている。

 王都からの呼び出し?
 知ったことか。

「……さて、私ももう一杯飲もうかな」

 私は眠る彼の横顔を肴に、甘いホットチョコレートを口に運んだ。
 外は極寒。
 けれど、この部屋はとろけるように甘く、平和だった。


――――――――――――――――――
【★あとがき★】

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