酒好きがバレて追放された元聖女ですが、不眠症の辺境伯様と【秘密の晩酌】はじめました 〜昼は冷徹、夜は甘々。ほろ酔い旦那様の執着愛が止まりません〜
 深夜。
 厨房の扉が控えめにノックされた。

「どうぞ」

 入ってきたのは、仕事着からラフなシャツに着替えたフロスティ様だった。
 その顔には、昨日までの険しさはない。
 代わりに、どこか期待に満ちた、そわそわとした色が浮かんでいる。

「……邪魔する」

「お待ちしておりました。さあ、こちらへ」

 私は彼を一番暖かい席へと案内した。
 テーブルの上には、一口サイズにカットした『クリームチーズの味噌漬け』と、水滴のついたワインボトル。

「今夜はなんだ? ……豆腐か?」

 フロスティ様は、琥珀色の直方体を訝しげに見つめた。

「騙されたと思って食べてみてください。あ、まずはワインを一口」

 グラスに注がれた黄金色の液体。
 彼はそれを一口含み、喉を鳴らす。

「……美味い。よく冷えている」

「そこで、これを一欠片」

 私はチーズを指し示す。

 彼は恐る恐る、フォークでチーズを刺し、口へと運んだ。

 ぱくり。

 一拍おいて、彼の動きが止まる。

 私も一口。
 ぱくっ。

 ねっとりとしたチーズが舌の上で溶け出し、濃厚なコクが広がる。
 それを追いかけるように、味噌の塩気と深い旨味がガツンと脳を揺らす。
 和と洋の発酵食品が織りなす、背徳のマリアージュ。

 フロスティ様の瞳が、カッと見開かれた。

「……なんだ、これは」

 言葉よりも先に、彼の手が動く。
 ワイングラスを掴み、中身を煽る。

 濃厚になった口の中を、辛口の白ワインがさっぱりと洗い流す。
 するとまた、あの濃厚な旨味が欲しくなる。
 無限ループの完成だ。

「酒が……進む」

「でしょう? 魔性の食べ物なんですよ、これは」

 私もさらにチーズを齧り、ワインを流し込む。

 くぅ〜っ、たまらない!

 追放されてよかった。
 こんな幸せな夜が待っているなんて。

「君は魔法使いか何かなのか?」

 フロスティ様は、とろんとした目つきで私を見た。
 いつの間にか、ボトル半分が空になっている。
 ペースが早い。
 そして、彼の顔にはほんのりと朱が差していた。

「ただの……お酒が好きな元聖女です」

「……嘘だ。こんなに美味いものを、私は知らない」

 彼は頬杖をつき、私をじっと見つめてくる。
 昼間の冷徹な辺境伯様はどこへやら。
 今の彼は、美味しいおやつを与えられた大型犬のようだ。

 不意に彼の手が伸びてきた。
 迷うように空中で一度止まり――やがて、吸い寄せられるように落ちてくる。

 テーブルに置いていた私の手に、彼の手が重なった。

「え?」

 驚いて顔を上げると、至近距離にアイスブルーの瞳があった。
 揺れている。
 氷のように冷たかった瞳が、今は熱を帯びて揺れている。

「……君の手は温かいな」

 彼は私の手を包み込むと、愛おしそうに指先を撫でた。
 ひんやりとした彼の手と、私の温かい手。
 体温が混じり合う。

「あの、辺境伯様? 酔ってます?」

「……酔ってない」とは言っているものの。

 完全に酔っ払いの反応だ。

 普段はあんなにツンケンしているくせに、お酒が入るとデレるタイプか。
 しかも無自覚に。

 これは、なかなか……破壊力が高い。

「もっと、ここにいろ。……寒いのは、嫌いだ」

 彼は私の手を握ったまま、甘えるように呟いた。
 その声が、あまりにも心細げで。
 私は手を振りほどくことができなかった。

「はいはい。逃げませんよ」

 私は苦笑しながら、空になった彼のグラスにワインを注ぎ足した。
 どうやら今夜も、長い夜になりそうだ。

 外は吹雪。
 けれど氷の城の厨房は、とろけるように甘く、温かかった。

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【★あとがき★】

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