祝福のあとで
披露宴の後半に入ると、
会場の空気は、少しだけ落ち着いていた。
笑い声は低くなり、
グラスの音も、間隔が空く。
バーカウンターの前には、
もう長い列はない。
彼は、次の注文を受けながら、
空いたグラスを一つずつ下げていく。
閉める準備に入っているのが、
動きでわかった。
ひかりは、進行表を確認し、
全体を一度見渡してから、カウンターへ向かう。
「そろそろ、バーはクローズで大丈夫です」
仕事の声。
彼は頷いた。
「了解です」
それだけで、十分だった。
最後のグラスを渡し、
軽く会釈をして、照明を少し落とす。
場の空気が、自然に切り替わる。
「今日は、ありがとうございました」
ひかりは、少し距離を保ったまま言った。
「助かりました」
感情を乗せない言い方。
彼は、グラスを拭く手を止めて答える。
「こちらこそ。
やりやすい現場でした」
それも、仕事の言葉だった。
でも。
その一言で、
十分に報われた気がした。
ひかりが一歩引いたとき、
後ろから声がかかる。
「神崎さん」
あきだった。
会場の隅。
片づけが始まる前の、短い時間。
「今日のバーの件ですが」
「はい」
「……いい判断でしたね」
それは、上司でも同僚でもない、
少しだけ個人的な声だった。
ひかりは、ほんの一瞬考えてから答える。
「仕事として、必要だったので」
あきは、少しだけ目を細める。
「昔から、そうでしたね」
責めるでもなく、
懐かしむでもなく。
「必要な方を、ちゃんと選ぶ」
ひかりは、否定もしなかった。
「今なら、わかります」
静かな声。
「あなたが、あの時言ったこと」
あきは、何も言わない。
「でも」
「それでも私は、
今いる場所を選びます」
あきは、小さく息を吐いた。
「……そうだと思いました」
それで、終わりだった。
引き止めも、未練もない。
仕事の現場で、
きれいに区切られた過去。
あきは会釈をして、
別のスタッフの方へ向かっていった。
ひかりは、ひとり立ち止まる。
会場の奥で、
バーカウンターの灯りが、ひとつ落とされる。
彼が、最後に一度だけ、こちらを見る。
視線が合う。
言葉は、いらなかった。
祝福は、無事に終わった。
そのあとで残るものが、
何なのか。
ひかりは、まだ知らない。
会場の空気は、少しだけ落ち着いていた。
笑い声は低くなり、
グラスの音も、間隔が空く。
バーカウンターの前には、
もう長い列はない。
彼は、次の注文を受けながら、
空いたグラスを一つずつ下げていく。
閉める準備に入っているのが、
動きでわかった。
ひかりは、進行表を確認し、
全体を一度見渡してから、カウンターへ向かう。
「そろそろ、バーはクローズで大丈夫です」
仕事の声。
彼は頷いた。
「了解です」
それだけで、十分だった。
最後のグラスを渡し、
軽く会釈をして、照明を少し落とす。
場の空気が、自然に切り替わる。
「今日は、ありがとうございました」
ひかりは、少し距離を保ったまま言った。
「助かりました」
感情を乗せない言い方。
彼は、グラスを拭く手を止めて答える。
「こちらこそ。
やりやすい現場でした」
それも、仕事の言葉だった。
でも。
その一言で、
十分に報われた気がした。
ひかりが一歩引いたとき、
後ろから声がかかる。
「神崎さん」
あきだった。
会場の隅。
片づけが始まる前の、短い時間。
「今日のバーの件ですが」
「はい」
「……いい判断でしたね」
それは、上司でも同僚でもない、
少しだけ個人的な声だった。
ひかりは、ほんの一瞬考えてから答える。
「仕事として、必要だったので」
あきは、少しだけ目を細める。
「昔から、そうでしたね」
責めるでもなく、
懐かしむでもなく。
「必要な方を、ちゃんと選ぶ」
ひかりは、否定もしなかった。
「今なら、わかります」
静かな声。
「あなたが、あの時言ったこと」
あきは、何も言わない。
「でも」
「それでも私は、
今いる場所を選びます」
あきは、小さく息を吐いた。
「……そうだと思いました」
それで、終わりだった。
引き止めも、未練もない。
仕事の現場で、
きれいに区切られた過去。
あきは会釈をして、
別のスタッフの方へ向かっていった。
ひかりは、ひとり立ち止まる。
会場の奥で、
バーカウンターの灯りが、ひとつ落とされる。
彼が、最後に一度だけ、こちらを見る。
視線が合う。
言葉は、いらなかった。
祝福は、無事に終わった。
そのあとで残るものが、
何なのか。
ひかりは、まだ知らない。