祝福のあとで
会場の照明が、段階的に落とされていく。
司会の声も、拍手も、
もう聞こえない。
本格的な片づけに入る前の、
ほんのわずかな間。
スタッフの数が減り、
会場は、急に広く感じられた。
ひかりは、進行表を閉じる。
今日の仕事は、終わった。
バーカウンターの方へ向かうと、
彼は最後のグラスを拭いていた。
灯りは、ひとつだけ残っている。
「……お疲れさまでした」
声に、自然と力が抜ける。
彼は顔を上げて、頷いた。
「お疲れさまでした」
それだけ。
でも、その一言が、
今日いちばん静かに響いた。
ひかりは、カウンターから少し離れた位置に立つ。
仕事の距離。
でも、もう役目は終わっている。
「無事に終わりました」
「ええ」
「トラブルもなく」
「……そうですね」
短い確認。
それでも、
二人とも、その場を離れなかった。
グラスを片づけ終えた彼が、
手を止める。
「今日は、判断が早かったですね」
急に、そう言われて、ひかりは一瞬考える。
「現場が、そうさせました」
「それでも
助かりました」
仕事の言葉。
でも、
今まででいちばん近い声だった。
「こちらこそ」
ひかりは、少しだけ視線を下げる。
「お願いして、よかったです」
言い切ってから、
自分で少し驚いた。
彼は、何も言わない。
ただ、
カウンター越しではない距離で、
ひかりを見ている。
「……仕事として、ですよね」
確認するような声。
「はい」
即答。
でも、
続きが、少しだけ遅れた。
「それでも、今日は、安心できました」
それだけ。
彼は、短く息を吐く。
「それなら、よかった」
その言葉は、
バーテンダーのものじゃなかった。
会場の奥で、
スタッフが戻ってくる気配がする。
時間だ。
ひかりは、一歩下がる。
「本当に、ありがとうございました」
「こちらこそ」
すれ違うとき、
距離が、ほんの少しだけ近い。
触れない。
でも、
ちゃんと、感じる。
ひかりは足を止めずに歩く。
振り返らない。
それでも、
背中に残る気配が、さっきまでとは違っていた。
祝福のあとで。
静かに、
何かが始まった気がした。
司会の声も、拍手も、
もう聞こえない。
本格的な片づけに入る前の、
ほんのわずかな間。
スタッフの数が減り、
会場は、急に広く感じられた。
ひかりは、進行表を閉じる。
今日の仕事は、終わった。
バーカウンターの方へ向かうと、
彼は最後のグラスを拭いていた。
灯りは、ひとつだけ残っている。
「……お疲れさまでした」
声に、自然と力が抜ける。
彼は顔を上げて、頷いた。
「お疲れさまでした」
それだけ。
でも、その一言が、
今日いちばん静かに響いた。
ひかりは、カウンターから少し離れた位置に立つ。
仕事の距離。
でも、もう役目は終わっている。
「無事に終わりました」
「ええ」
「トラブルもなく」
「……そうですね」
短い確認。
それでも、
二人とも、その場を離れなかった。
グラスを片づけ終えた彼が、
手を止める。
「今日は、判断が早かったですね」
急に、そう言われて、ひかりは一瞬考える。
「現場が、そうさせました」
「それでも
助かりました」
仕事の言葉。
でも、
今まででいちばん近い声だった。
「こちらこそ」
ひかりは、少しだけ視線を下げる。
「お願いして、よかったです」
言い切ってから、
自分で少し驚いた。
彼は、何も言わない。
ただ、
カウンター越しではない距離で、
ひかりを見ている。
「……仕事として、ですよね」
確認するような声。
「はい」
即答。
でも、
続きが、少しだけ遅れた。
「それでも、今日は、安心できました」
それだけ。
彼は、短く息を吐く。
「それなら、よかった」
その言葉は、
バーテンダーのものじゃなかった。
会場の奥で、
スタッフが戻ってくる気配がする。
時間だ。
ひかりは、一歩下がる。
「本当に、ありがとうございました」
「こちらこそ」
すれ違うとき、
距離が、ほんの少しだけ近い。
触れない。
でも、
ちゃんと、感じる。
ひかりは足を止めずに歩く。
振り返らない。
それでも、
背中に残る気配が、さっきまでとは違っていた。
祝福のあとで。
静かに、
何かが始まった気がした。