祝福のあとで
それから、数日が経っていた。

 Bar Afterに来るのは、
 あの夜ぶりだった。

 扉を開けると、
 いつもと同じ音と匂い。

 直が、カウンターの奥で
 グラスを磨いている。

 一瞬、視線が合う。

 彼は、
 特に表情を変えず、
 いつもの席を示した。

 ひかりは腰を下ろし、
 グラスが置かれるのを待つ。

 今日は、
 相談しに来たわけじゃない。

 でも、
 何も言わずにいるのも、
 少し違う気がした。

 前に、
 途中まで話してしまったから。

「……この前の話なんですけど」

 ひかりがそう切り出すと、
 直は、グラスを磨く手を止めずに耳を向けた。

「仕事の打ち上げで、
 昔の人に会ったって話」

「ええ」

 短い返事。

 続きを待つだけ。

「……あのあと、
 少しだけ話があって」
 
「実はその方と、昔お付き合いしていて」
 
「やり直さないかって、言われました」

 直は、
 驚いた様子を見せなかった。

 ただ、
 一度だけ視線を上げる。

「仕事で、
 一緒になったんですね」

 確認というより、
 状況を整理するみたいな口調。

 ひかりは頷く。

「はい。今回の式で」

 名前は出さない。

 でも、
 直はもう、だいたい分かっている気がした。

「返事は、まだしてないのですが...」

 淡々と告げる。

「前に、
 中途半端に話してしまったので」

「……ちゃんと、
 続きだけ伝えようと思って」

 直は、
 すぐに何も言わなかった。

 グラスを置く音だけが、
 静かに響く。
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