祝福のあとで
第12章 戻らない場所
直は、少しだけ間を置いてから口を開いた。

「……ちゃんと、
 向き合ってるんですね」

 評価でも、慰めでもない。
 ただ、事実を受け取る声。

 ひかりは、視線をグラスに落としたまま頷く。

「逃げたままにしたくなくて」

「それは、大事だと思います」

 直はそれ以上、何も足さなかった。

 「どうしたいんですか」とも、
 「まだ迷ってますか」とも聞かない。

 ひかりは、その沈黙に助けられる。

「……返事は、もう少し先になると思います」

「ええ」

 短い返事。

「急ぐ話じゃないですね」

 その一言で、
 胸の奥にあった余計な力が、少し抜けた。

 ひかりは、グラスを持ち上げる。

「ここに来ると、
 考えなくていい時間があって

 助かります」

 直は、グラスを拭きながら答える。

「そういう使い方で、いいと思います」

 それから、ふと思い出したように付け足す。

「……落ち着いたらでいいので」

 手は止めないまま。

「もしよければ、
 食事でも行きませんか」

 ひかりは、すぐに返事をしなかった。

 でも、
 断る理由も浮かばなかった。

 グラスの中の氷が、静かに音を立てる。

 この夜に、
 名前をつける必要は、まだない。

 ただ、
 一歩分だけ、
 先の話が置かれただけだった。
< 59 / 78 >

この作品をシェア

pagetop