祝福のあとで
第13章 決めなかった約束
約束の日は、
 思っていたより、すぐに来た。

 仕事の予定を入れなかった夜。
 それだけで、
 少しだけ落ち着かない。

 ひかりは、
 鏡の前で立ち止まる。

 今日は、
 仕事じゃない。

 進行表も、
 時計も、
 気にしなくていい。

 そう思うほど、
 何を基準に動けばいいのか、
 わからなくなる。

 指定された待ち合わせは、
 駅から少し離れた通りだった。

 人通りは多すぎず、
 でも静かすぎもしない。

 ひかりが着いたとき、
 直はすでにそこにいた。

 黒いシャツでも、
 カウンターの中でもない。

 ラフなジャケットに、
 いつもより柔らかい雰囲気。

 一瞬、
 誰だかわからなかった。

「……こんばんは」

 声で、わかる。

「こんばんは」

 直は、
 少しだけ笑った。

「お仕事、終わりじゃない顔ですね」

「今日は、休みです」

「それは……珍しい」

 そう言いながら、
 こちらを見る目は、
 いつもより近い。

「お待たせしました」

「いえ。今、来たところです」

 本当は、
 少し早く着いていた。

 でも、
 言わなくていい気がした。

「行きましょうか」

「はい」

 歩き出す距離は、
 自然と並ぶ。

 前でも、
 後ろでもない。

 会話は、
 すぐには始まらなかった。

 それでも、
 気まずさはない。

 ひかりは、
 歩きながら思う。

 ——ああ。

 今日は、
 “誰かを整える時間”じゃない。

 そう気づいた瞬間、
 胸の奥が、
 静かにほどけていった。
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