祝福のあとで
それでも。
数日が過ぎても、
気持ちは、きれいに片づかなかった。
仕事が少し早く終わった夜、
ひかりは、
無意識に上着を手に取っていた。
行く理由は、
考えなかった。
考え始めたら、
行けなくなる気がしたから。
通りに出ると、風が少し強かった。
昼間より冷えた空気が、
コートの隙間から入り込む。
ひかりは歩調を落とし、
足を止めた。
目の前にあるのは、
見慣れた灯り。
Bar After。
控えめで、
主張しすぎない看板が、
いつも通り、そこにある。
——来てしまった。
そう思った瞬間、
胸の奥が、わずかに跳ねた。
逃げ出したいわけじゃない。
でも、
入ったら何かが変わる気がして、
一歩が、少しだけ重い。
ガラス越しに見える、
カウンターの明かり。
人影は、ない。
営業の終わりが近い、
静かな時間帯。
ひかりは、
無意識に深く息を吸った。
ここに来る理由を、
言葉にする必要はない。
答えを持ってきたわけでもない。
ただ、
この場所に戻ってきた自分を、
否定したくなかった。
扉に手をかける。
一瞬だけ、
指先に力が入る。
それから、
考える前に、押した。
木の香り。
低く流れるジャズ。
変わらない空気が、
静かに包み込む。
「いらっしゃいませ」
カウンターの奥で、
直が顔を上げた。
一瞬、目が合う。
驚きはない。
でも、
少しだけ間があった。
「……こんばんは」
その声は、
いつもより、わずかに柔らかい。
ひかりは、
何も言わずに頷いて、
カウンターへ向かった。
いつもの席。
グラスが置かれる音が、
静かに響く。
「今日は、軽めにしますか」
ひかりは、
一瞬だけ迷ってから言った。
「……今日は、少し強めで」
数日が過ぎても、
気持ちは、きれいに片づかなかった。
仕事が少し早く終わった夜、
ひかりは、
無意識に上着を手に取っていた。
行く理由は、
考えなかった。
考え始めたら、
行けなくなる気がしたから。
通りに出ると、風が少し強かった。
昼間より冷えた空気が、
コートの隙間から入り込む。
ひかりは歩調を落とし、
足を止めた。
目の前にあるのは、
見慣れた灯り。
Bar After。
控えめで、
主張しすぎない看板が、
いつも通り、そこにある。
——来てしまった。
そう思った瞬間、
胸の奥が、わずかに跳ねた。
逃げ出したいわけじゃない。
でも、
入ったら何かが変わる気がして、
一歩が、少しだけ重い。
ガラス越しに見える、
カウンターの明かり。
人影は、ない。
営業の終わりが近い、
静かな時間帯。
ひかりは、
無意識に深く息を吸った。
ここに来る理由を、
言葉にする必要はない。
答えを持ってきたわけでもない。
ただ、
この場所に戻ってきた自分を、
否定したくなかった。
扉に手をかける。
一瞬だけ、
指先に力が入る。
それから、
考える前に、押した。
木の香り。
低く流れるジャズ。
変わらない空気が、
静かに包み込む。
「いらっしゃいませ」
カウンターの奥で、
直が顔を上げた。
一瞬、目が合う。
驚きはない。
でも、
少しだけ間があった。
「……こんばんは」
その声は、
いつもより、わずかに柔らかい。
ひかりは、
何も言わずに頷いて、
カウンターへ向かった。
いつもの席。
グラスが置かれる音が、
静かに響く。
「今日は、軽めにしますか」
ひかりは、
一瞬だけ迷ってから言った。
「……今日は、少し強めで」