桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~
 私の問いに三月ウサギは答えることをせず、チラリと視線を向けただけだった。 淀んでいた瞳は微かに生気をとり戻していて、ほんの少し私を安堵させる。
「次は、もう生かしはしない」
 構え直したエースは三月ウサギに向かい再び剣を振りかざす。三月ウサギは剣を鎌で受けると、互いに剣と鎌をぶつけあった。
 体制を立て直したチェシャ猫も、鋭い爪でスペードのエースを狙う。二人の攻撃をもろともせず、全て剣で弾き返すエースのスピードに、恐ろしささえ感じる。
「すご、い」
 最強の兵士、女王様がいつしかそう言っていた。剣の腕は素人の私から見ても上手く、迫力がある。思わず三人の戦いに魅入っていた私は、後ろの兵士の存在に気づかず、簡単に囚われる。
「んんっ」
「お許しを、アリス殿」
 口を塞がれ、体を押さえつけられて声を出すことも動くことも出来ない。このままじゃ、本当にチェシャ猫達の足手まといになる。そう思った私は、一度動きを止める。
 不信に思った兵士が、少しだけ力を弱める。その瞬間を私は見逃さず、すかさず手を後ろに振り上げてみた。
「ぐあ」
「ごめんなさいっ!」
 手は運の良いことに兵士の顔面にヒットしたようで、兵士はうめき声を出してよろめく。私は直ぐに兵士から離れ、穴を死守するため周りの敵兵を倒している黒ウサギの元に走った。
「黒ウサギ!」
「アリス、無事だったか! 三月ウサギは!」
 ちょうど兵士から奪った剣で敵をなぎはらった黒ウサギ。無駄のない動きを見ると、銃だけでなく剣も扱えるのかもしれない。
「三月ウサギは目を覚まして、今はチェシャ猫と一緒にエースと戦っている! ねぇ、私、力になれることはないのかな?」
 この戦場では非力で無力。大きな戦力になれないことは分かっている。けど、この最大のピンチを乗り切るには、行動を起こさなきゃ。ううん、私も動きたい。守られるだけじゃなくて守りたい。力になりたい。けど力になれるようなことは思い付かず、何の策略も思い付かない頭にこの日ばかりは勉強してこなかったことを後悔する。
 真剣な顔で黙る黒ウサギに、ごくりと唾を飲んだ。漆黒の瞳が、私の心を探るように見つめてくる。
「分かった。やってほしいことがある。お前にしか出来ない」
「私にしかできない? それって一体どんなこと?」
 私にしか、出来ないこと。 思いもよらない言葉に怖くなる。でも怖じけずいてなんかいられない。心中の葛藤など露知らず、黒ウサギは思いがけないことをさらりと言ってのける。
「この騒動を治めてくれ」
 本気かと問いただしたくなるような一言に思いっきり狼狽する。
「どうやって? 兵士達の力に圧倒され、逃げることも出来ないし、大砲の音で声が掻き消されそうなこの戦いを、どうやって止めればいいの?」
「今までは力づくだったが、頭を使う。アリス、耳を貸してくれ」
「う、うん!」
 黒ウサギに言われるまま耳を貸すと、黒ウサギはぽそぽそと作戦を話し始める。作戦を理解して実行出来るのか。不安はいっぱいだけど、これは私にしか出来ない。話を聞いて、そう思った。だから、今回ばかりは普段使わない頭をフル回転させる。
「出来るか?」
「うん。やってみる」
 しっかりと頷いて、作戦場所を探す。
「あそこなんかどうかな?」
「あぁ、問題ないな。よし、行くぞ。移動の間は俺がアリスを守る。だから迷わず走れ」
「うん」
 黒ウサギの言葉にもう一度頷く。黒ウサギはそれを合図に私の手をとると、一気に走り出す。
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