桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~
 先生は幼い頃から私達を散歩に連れ出してくれる度、面白可笑しいお話を語ってくれる。即興で語られるキチガイな登場人物達に、ワクワクドキドキするストーリー。その時のお話をまとめたのがこの本だった。
 木漏れ日の暖かさと心地く吹く風を微睡みの中楽しむ。緑が生い茂る木の下、本を読みながら寝てしまったようだった。くすくすと笑う小さな声に視線をあげると、緑の絨毯の上にトランプが散らばっていた。まだ眠そうな私を、ロリーナお姉様が見つめて笑っている。
「トランプに飽きたのかと思ったら、本を読みながら寝てしまうのだもの。見ていて飽きないわ」
「私、どのくらい寝ていたの?」
 ロリーナお姉様のブラウン髪が風に揺れて煌めく。艶ややかな髪は風の流れを楽しんでいるようで、見ていて心が穏やかになる。
 空を見上げると日はまだ落ちていない。三時のお茶会に心を躍らせながら、トランプをしていたはずだから、そんなに長く眠ってないはず。膝下に落ちている、ハートのクイーンのトランプを拾う。先程はキングがいたはずだけれど、私は揃えることが出来たのだろうか。まだ脳が覚醒していないのか、寝る前の記憶が曖昧だ。
「ちょうど三時のおやつの時間よ。イーディスがクッキーを焼いて、待っていてくれるわ。ハリーお兄様も紅茶を淹れてくれるそうよ。そろそろ家に戻りましょう」
「うん。紅茶が冷めたらハリーお兄様が怒るもんね、早く戻らなきゃ」
 二人でハリーお兄様の怒る様子を思い出して笑う。怒ったハリーお兄様は、お気に入りのシルクハットを手に取ると、身ぶりそぶり、どれ程憤慨したか語るのだった。それがまるでマジックをするかのようで、私達兄弟姉妹は笑ってしまう。
 本を閉じて、ロリーナお姉様の後をついて家路を辿る。落ち着きのある青いドレスが歩く度に揺れる。私もお姉様に憧れて水色のドレスを選んだのだけれど、優雅に歩く後ろ姿に、敵わないなといつも思う。
 暖かな日差しと風に、私の香色の髪もふわりと風に舞い上がった。

「あ、やっと戻ってきた! お姉様達、遅いですわ!」
「イーディス、ごめんね」
 玄関を開けると、 クッキーを焼き終わってそわそわと待っていたのか、頬を膨らます妹に出迎えられた。クッキーの焼けた美味しそうな匂いが家の中に充満している。
 白い壁に飾られた大きな鏡が目についた。風に遊ばれて乱れた髪を直してみる。ふと違和感を感じて、右上で手がとまった。
「お姉様、ツインテールに戻すんですの?」
「え?」
「ツインテールは子供っぽいからって、十四歳の誕生日にお止めになったじゃないですか。どうなさったんですの?」
 右手の違和感は、リボンがないことだったみたいだ。思い返してみればイーディスの言う通り、お姉様に近づきたくて、ツインテールは卒業している。代わりにつけたカチューシャはリボンが両側でついていて、幼さを感じるものの、可愛くてお気に入りだ。
「癖でやっちゃったみたい。それよりクッキー、出来てるんだよね?」
「そうですわ! ハリーお兄様が首を長くして待ってらっしゃるわよ。ローダなんてもう席についてクッキーを狙っていますわ」
「あらあら、四女は食いしん坊ね」
 ロリーナお姉様が上品な笑いを溢し、三人で長い廊下を歩く。
 三人でお茶会を行う部屋にいくと、それぞれが所定の椅子に座る。家族十二人が食事をする長テーブルには、真ん中をお父様、その近くにお母様、そして長兄であるハリーお兄様、その隣にロリーナお姉様と、生まれた順に座っていく。
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