桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~
柵は人が一人、地面を這えば通れる大きさに捻れていて、まるで秘密の入り口のような、異世界へ繋がる穴のようだった。
もしかして、ジェームズお兄様達はここを通ってお隣の敷地へ入っていったのだろうか。
ハリーお兄様達に知らせなきゃならないのだけれど、好奇心が勝った。私は服が汚れるのを覚悟し、ハリーお兄様に謝りながら穴をくぐる。
起き上がり、服の汚れを払う。気休めでしかないけれど、せっかくプレゼントしてもらった服だ。
お隣も敷地は広く、鮮やかな草花が植えられ、幻想的な空間を作っていた。一つ気になることと言えば、多少手入れがされていないことくらい。ハリーお兄様の話の通り、一ヶ月前にこの家を襲った悲劇が関係しているのだろうか。そう考えると、ご夫婦が亡くなったその時から時が停滞しているようにも思える。
お隣との関係は良好で、度々お茶会をしていたくらいだから、もの悲しい気持ちになる。
ふと、その時のことを思い出そうとして、亡くなったご夫婦の顔も、塞ぎこんでいる息子の顔も靄がかかっていることに気付く。
どんな人が、とんな子がいたのだろうか。彼等がお隣にきたのは最近ではないはずなのに、何故思い出せないのだろう。
視界に再び白ウサギと黒ウサギが現れる。二羽は誘うようにこちらを振り向くと、まさに脱兎の如く走り去っていく。
「白ウサギ! 黒ウサギ!」
無意識に叫んだ言葉に、目尻が熱くなった。どうして、涙が出るんだろう。
どうして、こんなにも胸が切ないんだろう。悲しいことなんて、なにもないはずなのに。
足を踏み出し、二羽を追う。すると、古びた壁が現れた。館だ。
全体的にはそう古くない館のはずなのに、この一部だけが歴史を感じる。どことなく不気味さと陰気さに内心ドキドキしながら近付くと、足元でバキリと折れる音がした。
草に隠れて見えなかった大きな空気口が、崩れさって私の身体を道ずれに落ちていく。身体全体でぞっとした悪寒を感じ、漏れた叫び声は小さく響いて穴の中で反響した。
「いたたたた」
なかなかの距離を落ちたような気がするのに、身体の衝撃は少なかった。崩れた空気口が激しい音をたてながら床に転がっていく。身体に傷がないか下を見るとソファーがあり、奇跡としか言えなかった。
破片が刺さった様子もないし、背中とお尻が痛いけれど、捻挫や骨折といった大きな怪我はないみたいだ。
好奇心に誘われて、たまに失敗することはあるけれど、穴に落ちたのは初めてだ。
「ハリーお兄様とロリーナお姉様に怒られるかなぁ」
改めて周りを見渡す。上を仰ぎ見ると、落ちてきた空気口から空が見える。まるで地の底にまで落ちたような錯覚がして、身体が冷えていく。空から注がれる光が、薄暗い地下を写し、暗闇からその居場所を暴き出す。その光景に、思わず目を見開いた。
牢獄。
錆びた鉄の棒が、 雨のように逃げ場のない鉄の棒が並べられている。一定の距離を保って立ち並ぶさまは怪物の歯に見えて、不気味だ。左右どちらにも向かい合うように牢獄があり、意識せず、得体の知れない怪物から身を守るように身体が縮こまる。
もし落ちた先が檻の中であったなら、誰が助けてくれるのだろう。
地下の冷気が体温を凍らして、助けてと叫びそうになった。
「そこにいるの、誰」
微かな声が狭く薄暗い牢獄に響く。ジェームズお兄様じゃない。年齢は近いかもしれないけれど、ヴィオレットでもフレデイックでもない。微かな声は幼く、絶望を孕んでいる。
「ねぇ。何してんの」
もしかして、ジェームズお兄様達はここを通ってお隣の敷地へ入っていったのだろうか。
ハリーお兄様達に知らせなきゃならないのだけれど、好奇心が勝った。私は服が汚れるのを覚悟し、ハリーお兄様に謝りながら穴をくぐる。
起き上がり、服の汚れを払う。気休めでしかないけれど、せっかくプレゼントしてもらった服だ。
お隣も敷地は広く、鮮やかな草花が植えられ、幻想的な空間を作っていた。一つ気になることと言えば、多少手入れがされていないことくらい。ハリーお兄様の話の通り、一ヶ月前にこの家を襲った悲劇が関係しているのだろうか。そう考えると、ご夫婦が亡くなったその時から時が停滞しているようにも思える。
お隣との関係は良好で、度々お茶会をしていたくらいだから、もの悲しい気持ちになる。
ふと、その時のことを思い出そうとして、亡くなったご夫婦の顔も、塞ぎこんでいる息子の顔も靄がかかっていることに気付く。
どんな人が、とんな子がいたのだろうか。彼等がお隣にきたのは最近ではないはずなのに、何故思い出せないのだろう。
視界に再び白ウサギと黒ウサギが現れる。二羽は誘うようにこちらを振り向くと、まさに脱兎の如く走り去っていく。
「白ウサギ! 黒ウサギ!」
無意識に叫んだ言葉に、目尻が熱くなった。どうして、涙が出るんだろう。
どうして、こんなにも胸が切ないんだろう。悲しいことなんて、なにもないはずなのに。
足を踏み出し、二羽を追う。すると、古びた壁が現れた。館だ。
全体的にはそう古くない館のはずなのに、この一部だけが歴史を感じる。どことなく不気味さと陰気さに内心ドキドキしながら近付くと、足元でバキリと折れる音がした。
草に隠れて見えなかった大きな空気口が、崩れさって私の身体を道ずれに落ちていく。身体全体でぞっとした悪寒を感じ、漏れた叫び声は小さく響いて穴の中で反響した。
「いたたたた」
なかなかの距離を落ちたような気がするのに、身体の衝撃は少なかった。崩れた空気口が激しい音をたてながら床に転がっていく。身体に傷がないか下を見るとソファーがあり、奇跡としか言えなかった。
破片が刺さった様子もないし、背中とお尻が痛いけれど、捻挫や骨折といった大きな怪我はないみたいだ。
好奇心に誘われて、たまに失敗することはあるけれど、穴に落ちたのは初めてだ。
「ハリーお兄様とロリーナお姉様に怒られるかなぁ」
改めて周りを見渡す。上を仰ぎ見ると、落ちてきた空気口から空が見える。まるで地の底にまで落ちたような錯覚がして、身体が冷えていく。空から注がれる光が、薄暗い地下を写し、暗闇からその居場所を暴き出す。その光景に、思わず目を見開いた。
牢獄。
錆びた鉄の棒が、 雨のように逃げ場のない鉄の棒が並べられている。一定の距離を保って立ち並ぶさまは怪物の歯に見えて、不気味だ。左右どちらにも向かい合うように牢獄があり、意識せず、得体の知れない怪物から身を守るように身体が縮こまる。
もし落ちた先が檻の中であったなら、誰が助けてくれるのだろう。
地下の冷気が体温を凍らして、助けてと叫びそうになった。
「そこにいるの、誰」
微かな声が狭く薄暗い牢獄に響く。ジェームズお兄様じゃない。年齢は近いかもしれないけれど、ヴィオレットでもフレデイックでもない。微かな声は幼く、絶望を孕んでいる。
「ねぇ。何してんの」