桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~
驚きの声が喉笛まででかかる。でも、変な声を出してはハリーお兄様の意見が変わりかねない。
淑女の嗜みを思い出して一呼吸おく。よし。
「外に出ていいの?」
落ち着いて質問出来たので、少し大人の女性になれた気分になる。これが成長したのか、こちらの世界の本来の私なのかは分からないけれど。
成長した私を見た女王様やジャックさんが驚く顔と、褒め言葉を想像してワクワクしてしまった。大丈夫、まだ私は不思議の国のことを思い出せる。
「勿論、記憶の混濁がある妹を外に出すのは心配だが、約束があるのなら夫人を待たせるわけにもいかないしな」
「ハリーお兄様!」
「ただし! 約束だ。必ず帰ってきなさい。お母様とお父様が明日、戻られるからな」
ハリーお兄様は視線を逸らすと、吐息一つ間をおいて付け加えた。それは確かな不安を言葉にしまいとかわりに吐いたものだったのだと、なんとなく感じ取ってしまう。
この館で、この家族と過ごしたこの一週間。ハリーお兄様は何度も私の部屋に足を運び、私に欲しいものはないか、辛くはないか聞いてくれた。私が本を求めれば持ってきてくれたし、ロリーナお姉様も同じように私を気にかけてくれていた。ジェームズお兄様は部屋に来ては悪戯を仕掛け、時に読書の邪魔をしていたのだけれど。
皆、私のことを純粋に心配してくれている。
「帰ってくるよ。大丈夫」
少しでも安心させてあげたい。でも、ここが私の家だから、とは言えなかった。私の家は。私の帰る場所は。
「お姉様。マフィン、美味しいよ」
横でマフィンを頬いっぱいに堪能していたローダが、マフィンを持ち上げて私の前に差し出す。小さな身体で、一生懸命に腕を伸ばして。
私に差し出された、二つの帰る場所。どちらも私に手を伸ばしてくれている。でも、私は帰ると約束した人がいる。追いかけたい人がいる。
それら全て、ローダの気持ち、お兄様達の想いを裏切るような気がして、涙が溢れそうになった。残された側の悲しい気持ちも、想いの届かない辛さも、今の私には分かってしまうから。
ありがとう、とローダに伝えたと同時、来訪の音が響く。予定した来客ではないのか、誰だろう、と皆で顔を見合わせた。
「目覚めたの。良かった」
予期せぬ来訪者が、私を見て出た言葉に、きょとんとしてしまう。
第一印象だけだと、どこかの令嬢に見えた。太陽光に煌めく糸のような金髪に、質の良いシルクの布。
けれど、外見の与える印象とは裏腹に、大人しそうでいて天真爛漫、知的なようでいて無知。齢は私と変わらなそうな外見でいて、中身は成熟しているよう。表裏一体を具現化したような、まるでこの世の人でないような。
知り合いではない。けれど、どこかで見たことがあるような気がした。この世界ではないどこかで。だとしても、不思議の国で会った覚えもない。
太陽が陰れば、ふっ、と掻き消えてしまいそうなその存在の不確かさは、私の脳裏に闇の色をちらつかせた。
「ミス・リティア、なぜこちらに? 今日は診察の日ではなかったと思うが。いや、失礼。レディを立たせたままなのも失礼ですね。良かったらお茶をご一緒に」
「いいえ、いいえ、大丈夫。ありがとう、ハリー。今日はね、リティアも彼女と一緒にミセス・マルガレーテの元に伺おうと思って来たの」
珍しく焦っているようなハリーお兄様。ミス・リティアと名乗る少女は鈴の音のような声を転がしつつ、私に視線を向けた。
「それならば、ロリーナが一緒に行く予定ですが」
「いいえ、いいえ、彼女の為にも。リティアに行かせてくれない?」
「それは」
淑女の嗜みを思い出して一呼吸おく。よし。
「外に出ていいの?」
落ち着いて質問出来たので、少し大人の女性になれた気分になる。これが成長したのか、こちらの世界の本来の私なのかは分からないけれど。
成長した私を見た女王様やジャックさんが驚く顔と、褒め言葉を想像してワクワクしてしまった。大丈夫、まだ私は不思議の国のことを思い出せる。
「勿論、記憶の混濁がある妹を外に出すのは心配だが、約束があるのなら夫人を待たせるわけにもいかないしな」
「ハリーお兄様!」
「ただし! 約束だ。必ず帰ってきなさい。お母様とお父様が明日、戻られるからな」
ハリーお兄様は視線を逸らすと、吐息一つ間をおいて付け加えた。それは確かな不安を言葉にしまいとかわりに吐いたものだったのだと、なんとなく感じ取ってしまう。
この館で、この家族と過ごしたこの一週間。ハリーお兄様は何度も私の部屋に足を運び、私に欲しいものはないか、辛くはないか聞いてくれた。私が本を求めれば持ってきてくれたし、ロリーナお姉様も同じように私を気にかけてくれていた。ジェームズお兄様は部屋に来ては悪戯を仕掛け、時に読書の邪魔をしていたのだけれど。
皆、私のことを純粋に心配してくれている。
「帰ってくるよ。大丈夫」
少しでも安心させてあげたい。でも、ここが私の家だから、とは言えなかった。私の家は。私の帰る場所は。
「お姉様。マフィン、美味しいよ」
横でマフィンを頬いっぱいに堪能していたローダが、マフィンを持ち上げて私の前に差し出す。小さな身体で、一生懸命に腕を伸ばして。
私に差し出された、二つの帰る場所。どちらも私に手を伸ばしてくれている。でも、私は帰ると約束した人がいる。追いかけたい人がいる。
それら全て、ローダの気持ち、お兄様達の想いを裏切るような気がして、涙が溢れそうになった。残された側の悲しい気持ちも、想いの届かない辛さも、今の私には分かってしまうから。
ありがとう、とローダに伝えたと同時、来訪の音が響く。予定した来客ではないのか、誰だろう、と皆で顔を見合わせた。
「目覚めたの。良かった」
予期せぬ来訪者が、私を見て出た言葉に、きょとんとしてしまう。
第一印象だけだと、どこかの令嬢に見えた。太陽光に煌めく糸のような金髪に、質の良いシルクの布。
けれど、外見の与える印象とは裏腹に、大人しそうでいて天真爛漫、知的なようでいて無知。齢は私と変わらなそうな外見でいて、中身は成熟しているよう。表裏一体を具現化したような、まるでこの世の人でないような。
知り合いではない。けれど、どこかで見たことがあるような気がした。この世界ではないどこかで。だとしても、不思議の国で会った覚えもない。
太陽が陰れば、ふっ、と掻き消えてしまいそうなその存在の不確かさは、私の脳裏に闇の色をちらつかせた。
「ミス・リティア、なぜこちらに? 今日は診察の日ではなかったと思うが。いや、失礼。レディを立たせたままなのも失礼ですね。良かったらお茶をご一緒に」
「いいえ、いいえ、大丈夫。ありがとう、ハリー。今日はね、リティアも彼女と一緒にミセス・マルガレーテの元に伺おうと思って来たの」
珍しく焦っているようなハリーお兄様。ミス・リティアと名乗る少女は鈴の音のような声を転がしつつ、私に視線を向けた。
「それならば、ロリーナが一緒に行く予定ですが」
「いいえ、いいえ、彼女の為にも。リティアに行かせてくれない?」
「それは」