桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~
「ねぇ、リティアと一緒では嫌?」
透き通るようなパープルの瞳に見つめられ、私は言葉に詰まる。嫌、ではないけれど。
ハリーお兄様やロリーナお姉様の心配そうな表情に、何も言うことが出来ない。そもそも、私が決められることではない。
「ハリーお兄様達が許してくれるのであれば、私は一緒に行けるよ」
「分かったわ、お任せ出来るかしら、ミス・リティア。妹の面倒を診てくれていたのだもの、ミス・リティアの方が不測の事態に対処出来るのではないのかしら。ね、ハリー」
「あ、あぁ」
「信用してくれて嬉しいわ。ちなみに、馬車を用意してあるから、車は不要よ。さ、早速行きましょう。悠長にはしていられないわ」
困惑気味に承諾したハリーお兄様に微笑み、リティアと呼ばれた女性は私に準備するよう促した。身支度を軽く整え、ロリーナお姉様からすでに準備されていた手土産を持たされる。
どこか心配そうなロリーナお姉様に見送られ、馬車に乗る。大きな邸を出て、街の景色が動き出してすぐの事だった。
私の肩が、ふいに後ろへ引っ張られる。後ろは壁のはずだ。なのに、体は後ろへと倒れていく。私の肩には、黒く飾られた爪が食い込んでいた。
「そろそろかと思っていたわ」
ミス・リティアの声を最後に、視界は黒く染まっていく。
「呪いから解き放たれ、妾から逃げられるとでも思っていたか?」
息がとまり、体が凍りついたように動かなくなる。
自分が今何処に立っているのかすら、ううん、地面に立っているのかすら分からない、何もない真っ暗な空間。空も、建物も、季節も生命も、時間さえも此処には存在しない。唯一存在するのは。
「暗黒の、魔女」
どうして、今。
ここに魔法はないはずだった。ここに彼女の拠るモノはないはずだった。
「なぜ、暗黒の魔女がここに」
漆黒の髪がゆらりとまとわりつく。真っ暗なはずなのに、彼女の姿も、私の姿も光を帯びて視認出来る。暗黒の魔女は闇を纏い、目に見える呪いを纏い、きらびやかなドレスを揺らした。唇が弧を描く。けれど以前対峙した時ような狂気はなく、嘲るような笑いではない。私を見下ろすその瞳には、怒りが滲んでいる。
「お前は妾を呼んだ。触れてはならぬ記憶に触れた。許さぬ、許さぬ、許さぬ、あの炎! この恨み! 世界を壊すまでは! 不幸にして不幸にして壊して焼いて焼いて焼いて焼いてやるのだ!」
炎、という言葉に気づいてしまった。
磔にされ、大衆から魔女と呼ばれ、炎に焼かれたのは。あれはただの夢でも、幻覚でもなかった。不思議の国ではないこの世界の、どこかの時代を生きていた、
「女王様、なのね。貴女は、女王様」
不思議の国の女王。威厳を瞳に宿し、美しい金髪に王冠を載せた至高の権力者。暗黒の魔女とは対照的で似つかないけれど、暗黒の魔女は確かに女王様で、そしてきっと呪詛だ。
「ふふふふ、はははははははは! 真実に辿り着いたか、アリス! いかにも! 妾はあの女だ。だが、お前を育てたのは妾ではないぞ。育ててはいない。だが、妾が連れてきた、いや、産み落とした、とも言えるな。お前の記憶を消し、赤子にし、城の門へ捨て置く。簡単だったぞ。ククク、絶望せよ、妾を楽しませよ、どうであった? 『本当の家族』との邂逅は?」
心臓が掴まれたように、胸の辺りが嫌な感じになる。
「ロリーナお姉様達は、『本当の家族』だったんだね」
声を絞り出すのが精一杯だった。唐突に鍵を捩じ込まれ、閉じていた箱が開かれたように、記憶が溢れだしてくる。
透き通るようなパープルの瞳に見つめられ、私は言葉に詰まる。嫌、ではないけれど。
ハリーお兄様やロリーナお姉様の心配そうな表情に、何も言うことが出来ない。そもそも、私が決められることではない。
「ハリーお兄様達が許してくれるのであれば、私は一緒に行けるよ」
「分かったわ、お任せ出来るかしら、ミス・リティア。妹の面倒を診てくれていたのだもの、ミス・リティアの方が不測の事態に対処出来るのではないのかしら。ね、ハリー」
「あ、あぁ」
「信用してくれて嬉しいわ。ちなみに、馬車を用意してあるから、車は不要よ。さ、早速行きましょう。悠長にはしていられないわ」
困惑気味に承諾したハリーお兄様に微笑み、リティアと呼ばれた女性は私に準備するよう促した。身支度を軽く整え、ロリーナお姉様からすでに準備されていた手土産を持たされる。
どこか心配そうなロリーナお姉様に見送られ、馬車に乗る。大きな邸を出て、街の景色が動き出してすぐの事だった。
私の肩が、ふいに後ろへ引っ張られる。後ろは壁のはずだ。なのに、体は後ろへと倒れていく。私の肩には、黒く飾られた爪が食い込んでいた。
「そろそろかと思っていたわ」
ミス・リティアの声を最後に、視界は黒く染まっていく。
「呪いから解き放たれ、妾から逃げられるとでも思っていたか?」
息がとまり、体が凍りついたように動かなくなる。
自分が今何処に立っているのかすら、ううん、地面に立っているのかすら分からない、何もない真っ暗な空間。空も、建物も、季節も生命も、時間さえも此処には存在しない。唯一存在するのは。
「暗黒の、魔女」
どうして、今。
ここに魔法はないはずだった。ここに彼女の拠るモノはないはずだった。
「なぜ、暗黒の魔女がここに」
漆黒の髪がゆらりとまとわりつく。真っ暗なはずなのに、彼女の姿も、私の姿も光を帯びて視認出来る。暗黒の魔女は闇を纏い、目に見える呪いを纏い、きらびやかなドレスを揺らした。唇が弧を描く。けれど以前対峙した時ような狂気はなく、嘲るような笑いではない。私を見下ろすその瞳には、怒りが滲んでいる。
「お前は妾を呼んだ。触れてはならぬ記憶に触れた。許さぬ、許さぬ、許さぬ、あの炎! この恨み! 世界を壊すまでは! 不幸にして不幸にして壊して焼いて焼いて焼いて焼いてやるのだ!」
炎、という言葉に気づいてしまった。
磔にされ、大衆から魔女と呼ばれ、炎に焼かれたのは。あれはただの夢でも、幻覚でもなかった。不思議の国ではないこの世界の、どこかの時代を生きていた、
「女王様、なのね。貴女は、女王様」
不思議の国の女王。威厳を瞳に宿し、美しい金髪に王冠を載せた至高の権力者。暗黒の魔女とは対照的で似つかないけれど、暗黒の魔女は確かに女王様で、そしてきっと呪詛だ。
「ふふふふ、はははははははは! 真実に辿り着いたか、アリス! いかにも! 妾はあの女だ。だが、お前を育てたのは妾ではないぞ。育ててはいない。だが、妾が連れてきた、いや、産み落とした、とも言えるな。お前の記憶を消し、赤子にし、城の門へ捨て置く。簡単だったぞ。ククク、絶望せよ、妾を楽しませよ、どうであった? 『本当の家族』との邂逅は?」
心臓が掴まれたように、胸の辺りが嫌な感じになる。
「ロリーナお姉様達は、『本当の家族』だったんだね」
声を絞り出すのが精一杯だった。唐突に鍵を捩じ込まれ、閉じていた箱が開かれたように、記憶が溢れだしてくる。