桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~
最初の記憶は、ハリーお兄様とロリーナお姉様に庭で遊んでもらっている幼い私だった。庭を駆け回るのが大好きで、ハリーお兄様に何度も注意されて拗ねた私を、ロリーナお姉様が抱き締めてくれている。
誕生日はそう、ロリーナお姉様みたいな淑女になろうと、イーディスに手伝ってもらい髪型を真似た。ハリーお兄様はワンピースをくれていた。耳に残っていた音楽は、ジェームズお兄様がヴァイオリンで演奏してくれたものだ。誕生日にだけ灯るシャンデリアがキラキラと輝いていて、きょうだい達の笑顔を照らしていく。祝福された、十四歳の誕生日。
私はアリス・プレザンス・リデル。十四年間、この世界で育ったリデル家の娘だった。
「はははははははは! 思い出したようだな! そう、アリス、お前にかけられたのは『ウサギを選ばなければならない呪い』などではない。ましてや『鏡を割れば不思議の国に留まれない呪い』でもない! 妾がかけたのは『アリス・プレザンス・リデルとして、元の世界に帰れない』呪いだ。ククク、はははははははは!」
絶望に負けてはならない、と唇を噛んでも、目の前が真っ暗になっていく。私はこの世界の人間。アリス・プレザンス・リデルだ。でも、不思議の国の桃色のアリスでもある。だからこそ、この真実が胸を刺し、私の闇を深めていく。
悲しかった。私の記憶が消されたことが。家族を家族と思えなくなってしまっていたことが。大好きな、大切な家族だったのに。私の態度に、きょうだいがどれだけ不安で、悲しい想いをしたのか。考えるだけで胸が苦しくなる。失ったものの大きさに、絶望におとされる。
私は、何を間違ったのだろう。
どうして、私だったのだろう。
私が不思議の国へ連れ去られた時の記憶がない。思いだそうもしても、どこが現実での最後の記憶なのか、混沌とした記憶から掬うことは出来ない。
「なぜ」
私だったの、と言おうとして、言葉を飲み込んだ。目の前にいるのは、暗黒の魔女。
不思議の国を崩壊寸前まで追い込み、人々へ呪いをかけた魔女。
「アリス、妾はお前を絶望させたい。妾はこの世界を絶望させたい。大地を割り、空を黒く染め、人間は等しく裁き、等しく散らす。そこに選別はない。『どちらでも良い』のだ、誰でも良いのだ、アリス」
私の心を見透かした暗黒の魔女は、クツクツと抑えきれない歓喜の笑いを漏らす。
心が瓦解していく。この闇を、払うことは出来ない。
「さぁ、更なる絶望を、更なる呪いを。くくくくくく、はははははははは! お前たち人間が、どんな崩壊をするか楽しみだ!」
ふわりと揺れたドレスが目の前に広がる。赤い赤い、血を吸ったような瞳が今度は私を吸い込もうとうつす。黒を纏った白い手が伸びてきて、逃げなきゃと思うのに足は動かない。
暗黒の魔女の細い指が、私の首を包み込む。抵抗する術なんて、どこにも見当たらない。思考も体も凍らされてしまった。
今度こそ、本当に、ダメかもしれない。
ぐっ、と首に力を込められる。女性の腕力とは思えない力に押し潰されて、悲鳴さえも殺された。意識が遠退いてくる。でも、そこで終わりではなかった。
悲しみが聞こえる。苦しみが聞こえてくる。愉しげに笑う魔女の声は、悲痛な呪いを孕み、生き絶えそうな鳥のようにか細く鳴いているようにも聞こえた。
耳を塞ぐことは出来ない。それらは受け入れられなかった悲しみ。傷みを受けた悲鳴。
誕生日はそう、ロリーナお姉様みたいな淑女になろうと、イーディスに手伝ってもらい髪型を真似た。ハリーお兄様はワンピースをくれていた。耳に残っていた音楽は、ジェームズお兄様がヴァイオリンで演奏してくれたものだ。誕生日にだけ灯るシャンデリアがキラキラと輝いていて、きょうだい達の笑顔を照らしていく。祝福された、十四歳の誕生日。
私はアリス・プレザンス・リデル。十四年間、この世界で育ったリデル家の娘だった。
「はははははははは! 思い出したようだな! そう、アリス、お前にかけられたのは『ウサギを選ばなければならない呪い』などではない。ましてや『鏡を割れば不思議の国に留まれない呪い』でもない! 妾がかけたのは『アリス・プレザンス・リデルとして、元の世界に帰れない』呪いだ。ククク、はははははははは!」
絶望に負けてはならない、と唇を噛んでも、目の前が真っ暗になっていく。私はこの世界の人間。アリス・プレザンス・リデルだ。でも、不思議の国の桃色のアリスでもある。だからこそ、この真実が胸を刺し、私の闇を深めていく。
悲しかった。私の記憶が消されたことが。家族を家族と思えなくなってしまっていたことが。大好きな、大切な家族だったのに。私の態度に、きょうだいがどれだけ不安で、悲しい想いをしたのか。考えるだけで胸が苦しくなる。失ったものの大きさに、絶望におとされる。
私は、何を間違ったのだろう。
どうして、私だったのだろう。
私が不思議の国へ連れ去られた時の記憶がない。思いだそうもしても、どこが現実での最後の記憶なのか、混沌とした記憶から掬うことは出来ない。
「なぜ」
私だったの、と言おうとして、言葉を飲み込んだ。目の前にいるのは、暗黒の魔女。
不思議の国を崩壊寸前まで追い込み、人々へ呪いをかけた魔女。
「アリス、妾はお前を絶望させたい。妾はこの世界を絶望させたい。大地を割り、空を黒く染め、人間は等しく裁き、等しく散らす。そこに選別はない。『どちらでも良い』のだ、誰でも良いのだ、アリス」
私の心を見透かした暗黒の魔女は、クツクツと抑えきれない歓喜の笑いを漏らす。
心が瓦解していく。この闇を、払うことは出来ない。
「さぁ、更なる絶望を、更なる呪いを。くくくくくく、はははははははは! お前たち人間が、どんな崩壊をするか楽しみだ!」
ふわりと揺れたドレスが目の前に広がる。赤い赤い、血を吸ったような瞳が今度は私を吸い込もうとうつす。黒を纏った白い手が伸びてきて、逃げなきゃと思うのに足は動かない。
暗黒の魔女の細い指が、私の首を包み込む。抵抗する術なんて、どこにも見当たらない。思考も体も凍らされてしまった。
今度こそ、本当に、ダメかもしれない。
ぐっ、と首に力を込められる。女性の腕力とは思えない力に押し潰されて、悲鳴さえも殺された。意識が遠退いてくる。でも、そこで終わりではなかった。
悲しみが聞こえる。苦しみが聞こえてくる。愉しげに笑う魔女の声は、悲痛な呪いを孕み、生き絶えそうな鳥のようにか細く鳴いているようにも聞こえた。
耳を塞ぐことは出来ない。それらは受け入れられなかった悲しみ。傷みを受けた悲鳴。