桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~
きょうだいに囲まれて育った『アリス・リデル・プレザンス』はその恐ろしさに耳を塞ぎたいと願うのに、『アリス』の私はきっと、この声を聞かなければならないと思う。これは、不思議の国へと降り注いだ呪いの原油。呪いを解いた私だからこそ、知らなければならない呪詛。
悲鳴は聞いている内に、どんどん遠退いた。そして今度は遠くから罵声が聞こえてくる。
ふ、と軽くなった瞼を開けると、大衆が見下ろしていた。その視線は憎しみや恐怖が混じり、体は勝手に硬直した。現状についていけてない私をよそに、大衆の視線を避けるように視界が下がる。
あれ、体が自由に動かない。
倒れこんでいたのか掌が地面についていた。泥臭い土の臭いに、鉄の臭いが混じっている。あまりに現実味を帯びていて、身悶えしてしまいそうなのに出来ない。夢とは程遠い、リアルな輪郭。鼻腔を刺激する血の匂い。
すぐに頭がずきりと痛みだして、頬を生温い液体が伝う。声を出そうとしても舌さえ動かず、手や足を動かすどころか、瞬きもすることが出来ない。見える視界の中で認識出来るのは、森にいること、人に囲まれていることくらいだ。
そして、すらりとした手足と白い肌に、美しい金髪のウェーブ。体が動かないんじゃない。この身体は、私の身体じゃない!
そうこうしている内に、投げられた石は血管を潰す。髪が千切れそうなくらい引き寄せられ、鼻先すれすれに鎌が振り下ろされる。
「消えろ! 魔女!」
「ま、じょ?」
体がびくりと反応し、声帯が震えた。
「私は魔女じゃないわ。今だって家の薬草を摘んでいただけ。無知をさらけ出したいの?」
聞き覚えのある声が、怒気を含んで大衆を威嚇する。大きな声は出していないはずなのに、声はよく通ったようだった。大衆が嫌悪を強めたのがわかった。
髪を掴んでいた男の腕に対して上半身を大きく振りかぶって払い、膝に力を込めて立ち上がる。
「農作物が育たない? 当然よね。神にも祈らず、農作物の世話もせず、人の家の庭に押し掛けて、女をいたぶっているのだから」
大衆を睨むと、びくりと怖じ気づく。一挙一動を恐れているようだった。
「お、お前がウチの畑を呪っているんだろう!」
「魔女め! 子供が死んだのも、お前が何かしたからだろう! ここ最近、村で原因不明の病魔が流行るのも、お前のせいだ!」
大衆は次々と吠えたてる。ウチが不幸なのはお前のせいだと。大衆の中にはまた石を投げる人もいた。老若男女、誰もが憎しみを向け、ついにその殺意が刃となって襲いかかる。
「このっ! 魔女め!」
土の汚れがついた鈍い斧が、振り下ろされようとする。目を瞑りたいのに、この体の主は目を反らそうとしない。斧を持った老人が、その視線に動きを止めたその時だった。
「魔女殺しをした者は病魔に蝕まれ、末代まで祟られると聞いたぞ」
大衆の後ろから響いた声は、力強く空気を震わせ、大衆の殺意を吹き飛ばした。
力強い声の主が一歩踏み出すごとに、大衆が道をあけて遠退いていく。まるで、行く先を阻むことが無礼であるとでも言うように。
声の主が姿を現す。そのとたん、張りつめて力んでいた肩が楽になり、心臓が落ち着きを取り戻していく。
「アーサー」
力強い声の主は、こちらを見てニヤリと笑った。すらりと高い身長に、太陽の下に出たら煌めくだろう金髪。みすぼらしさはない、きちりとした身なりと、腰に携えた剣。
「皆の衆。聞け。西の空に暗雲がきている。早めに家に帰らないと雨に当たるぞ」
悲鳴は聞いている内に、どんどん遠退いた。そして今度は遠くから罵声が聞こえてくる。
ふ、と軽くなった瞼を開けると、大衆が見下ろしていた。その視線は憎しみや恐怖が混じり、体は勝手に硬直した。現状についていけてない私をよそに、大衆の視線を避けるように視界が下がる。
あれ、体が自由に動かない。
倒れこんでいたのか掌が地面についていた。泥臭い土の臭いに、鉄の臭いが混じっている。あまりに現実味を帯びていて、身悶えしてしまいそうなのに出来ない。夢とは程遠い、リアルな輪郭。鼻腔を刺激する血の匂い。
すぐに頭がずきりと痛みだして、頬を生温い液体が伝う。声を出そうとしても舌さえ動かず、手や足を動かすどころか、瞬きもすることが出来ない。見える視界の中で認識出来るのは、森にいること、人に囲まれていることくらいだ。
そして、すらりとした手足と白い肌に、美しい金髪のウェーブ。体が動かないんじゃない。この身体は、私の身体じゃない!
そうこうしている内に、投げられた石は血管を潰す。髪が千切れそうなくらい引き寄せられ、鼻先すれすれに鎌が振り下ろされる。
「消えろ! 魔女!」
「ま、じょ?」
体がびくりと反応し、声帯が震えた。
「私は魔女じゃないわ。今だって家の薬草を摘んでいただけ。無知をさらけ出したいの?」
聞き覚えのある声が、怒気を含んで大衆を威嚇する。大きな声は出していないはずなのに、声はよく通ったようだった。大衆が嫌悪を強めたのがわかった。
髪を掴んでいた男の腕に対して上半身を大きく振りかぶって払い、膝に力を込めて立ち上がる。
「農作物が育たない? 当然よね。神にも祈らず、農作物の世話もせず、人の家の庭に押し掛けて、女をいたぶっているのだから」
大衆を睨むと、びくりと怖じ気づく。一挙一動を恐れているようだった。
「お、お前がウチの畑を呪っているんだろう!」
「魔女め! 子供が死んだのも、お前が何かしたからだろう! ここ最近、村で原因不明の病魔が流行るのも、お前のせいだ!」
大衆は次々と吠えたてる。ウチが不幸なのはお前のせいだと。大衆の中にはまた石を投げる人もいた。老若男女、誰もが憎しみを向け、ついにその殺意が刃となって襲いかかる。
「このっ! 魔女め!」
土の汚れがついた鈍い斧が、振り下ろされようとする。目を瞑りたいのに、この体の主は目を反らそうとしない。斧を持った老人が、その視線に動きを止めたその時だった。
「魔女殺しをした者は病魔に蝕まれ、末代まで祟られると聞いたぞ」
大衆の後ろから響いた声は、力強く空気を震わせ、大衆の殺意を吹き飛ばした。
力強い声の主が一歩踏み出すごとに、大衆が道をあけて遠退いていく。まるで、行く先を阻むことが無礼であるとでも言うように。
声の主が姿を現す。そのとたん、張りつめて力んでいた肩が楽になり、心臓が落ち着きを取り戻していく。
「アーサー」
力強い声の主は、こちらを見てニヤリと笑った。すらりと高い身長に、太陽の下に出たら煌めくだろう金髪。みすぼらしさはない、きちりとした身なりと、腰に携えた剣。
「皆の衆。聞け。西の空に暗雲がきている。早めに家に帰らないと雨に当たるぞ」