桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~
斧を降りおろそうとしていた老人が、はっとして空を見上げた。斧は重いのか地面に降ろされる。まさか、なんだって、と口々に誰もが空を見上げるけれど、周囲の木々に遮られてよく見ることが出来ないようだった。けれど誰かの「空気が湿気っている」という言葉が、次々とこの場の人間を帰らせていった。
たったの一言で大衆の憎しみと殺意を反らし、人々の行動を変えた、その男性は大衆を見送ると、くるりとこちらを向いた。そして、先ほどまでの自信に溢れた表情から一転、満面の笑みに変わる。
「エレノア! 会いたかったぞ!」
一気に距離を縮めてきた男の人に、警戒心を持ち始めた体が後ろに一歩下がる。先ほどアーサーと呼ばれたその男性は跪くと、固まった土がついた手の甲にキスをした。それだけで私は驚きなのだけれど、この体の主は、反射的にアーサーの頬を叩いたので更に驚いてしまった。
「なぜだ!」
エレノアと呼ばれたこの体の主のビンタは容赦がない手振りだったので、痛かったのかアーサーは頬を押さえる。
「気色悪いわ」
エレノアは強気な声でそう吐き捨てると、土を拭おうとはせず、アーサーがキスをした甲の部分をスカートの裾で拭う。その姿を見て、アーサーが呆然として口をあんぐりと開ける。ショックを受けているその顔に、先ほどまでのかっこよさは見当たらない。
アーサー、可哀想なのかもしれない
「何で来たのよ。もう来ないでって言ったでしょう」
近くに転がっていた薬草の入った籠を拾い上げ、散乱した薬草の中から踏み潰されていないものを籠に戻していく。すると、アーサーも黙って薬草を拾い始めた。胸のあたりが暖かくなっているのに、エレノアはアーサーを無視してそそくさと立ち上がる。無事な薬草は少なかった。
「君を愛しているからだ。世界で誰よりも美しく、気高い君を諦めきれない。身分なんて関係ない」
真剣な声と、熱をもった視線がエレノアの背中にぶつけられる。頬が熱くなるのに、それを誤魔化すかのようにエレノアは唇を噛んだ。
――馬鹿じゃないの。私は村八分の女。アーサーは貴族の息子であり、そもそも身分が違う。それに、王都で武勲をあげた英雄とは、全てが違いすぎる。
「準備は出来ている。俺を好いてなくてもいい。いや、好いてほしいのだが。一週間後、共にこの村を出て王都へ行こう。王都には君を魔女だと迫害する愚か者もいない。何より俺が君を必ず守る」
いつの間にか近づいてきいたアーサーが、後ろから沈黙を守るエレノアを抱きしめた。
――どこに行っても、同じだわ。私はこの人の輝かしい将来をきっと塞ぐ。不幸にしてしまう。
――あぁ、本当に魔女なら良かったのに。呪文も魔法陣の書き方も知らないけれど。魔法一つで願い事が叶うなら。そうしたら。この身を夢の世界に閉じ込めて、邪魔な私は貴方の前から消えることが出来るのに。そうしたら、そうしたら。
「エレノア」
肩を回され、アーサーと視線が交わる。男の人らしい骨ばった骨格に、力強い視線。風で揺れた木々が、二人を外界から守り、二人だけの世界を作り出す。エレノアは抗おうとはせず、二人の距離は近付く。
こ、これって!
エレノアが目を閉じたのか、視界が真っ暗になった。
待って、私は初めてはチェシャ猫と、ってまだ私には早いようなそうでないような! エレノア避けて! と願ったその時だった。
「エレノア、怪我の手当てをせねば!」
「は?」
「よく見たら頭から出血があるじゃないか。色白で美しい手も、切り傷がある。近くの湖で治療しよう」
「ちょっと」
たったの一言で大衆の憎しみと殺意を反らし、人々の行動を変えた、その男性は大衆を見送ると、くるりとこちらを向いた。そして、先ほどまでの自信に溢れた表情から一転、満面の笑みに変わる。
「エレノア! 会いたかったぞ!」
一気に距離を縮めてきた男の人に、警戒心を持ち始めた体が後ろに一歩下がる。先ほどアーサーと呼ばれたその男性は跪くと、固まった土がついた手の甲にキスをした。それだけで私は驚きなのだけれど、この体の主は、反射的にアーサーの頬を叩いたので更に驚いてしまった。
「なぜだ!」
エレノアと呼ばれたこの体の主のビンタは容赦がない手振りだったので、痛かったのかアーサーは頬を押さえる。
「気色悪いわ」
エレノアは強気な声でそう吐き捨てると、土を拭おうとはせず、アーサーがキスをした甲の部分をスカートの裾で拭う。その姿を見て、アーサーが呆然として口をあんぐりと開ける。ショックを受けているその顔に、先ほどまでのかっこよさは見当たらない。
アーサー、可哀想なのかもしれない
「何で来たのよ。もう来ないでって言ったでしょう」
近くに転がっていた薬草の入った籠を拾い上げ、散乱した薬草の中から踏み潰されていないものを籠に戻していく。すると、アーサーも黙って薬草を拾い始めた。胸のあたりが暖かくなっているのに、エレノアはアーサーを無視してそそくさと立ち上がる。無事な薬草は少なかった。
「君を愛しているからだ。世界で誰よりも美しく、気高い君を諦めきれない。身分なんて関係ない」
真剣な声と、熱をもった視線がエレノアの背中にぶつけられる。頬が熱くなるのに、それを誤魔化すかのようにエレノアは唇を噛んだ。
――馬鹿じゃないの。私は村八分の女。アーサーは貴族の息子であり、そもそも身分が違う。それに、王都で武勲をあげた英雄とは、全てが違いすぎる。
「準備は出来ている。俺を好いてなくてもいい。いや、好いてほしいのだが。一週間後、共にこの村を出て王都へ行こう。王都には君を魔女だと迫害する愚か者もいない。何より俺が君を必ず守る」
いつの間にか近づいてきいたアーサーが、後ろから沈黙を守るエレノアを抱きしめた。
――どこに行っても、同じだわ。私はこの人の輝かしい将来をきっと塞ぐ。不幸にしてしまう。
――あぁ、本当に魔女なら良かったのに。呪文も魔法陣の書き方も知らないけれど。魔法一つで願い事が叶うなら。そうしたら。この身を夢の世界に閉じ込めて、邪魔な私は貴方の前から消えることが出来るのに。そうしたら、そうしたら。
「エレノア」
肩を回され、アーサーと視線が交わる。男の人らしい骨ばった骨格に、力強い視線。風で揺れた木々が、二人を外界から守り、二人だけの世界を作り出す。エレノアは抗おうとはせず、二人の距離は近付く。
こ、これって!
エレノアが目を閉じたのか、視界が真っ暗になった。
待って、私は初めてはチェシャ猫と、ってまだ私には早いようなそうでないような! エレノア避けて! と願ったその時だった。
「エレノア、怪我の手当てをせねば!」
「は?」
「よく見たら頭から出血があるじゃないか。色白で美しい手も、切り傷がある。近くの湖で治療しよう」
「ちょっと」