桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~
アーサーはエレノアを抱き上げると、森の奥を目指して走り出す。エレノアは細長い手足をジタバタと魚のようにばたつかせて全力で嫌がるけれど、アーサーは離さない。髪を引っ張られ涙目になっていたけれど、それでも離そうとしないのでエレノアは諦めたようだった。
――何よ、期待して、私が馬鹿みたいじゃないの。
不機嫌に眉を寄せるエレノアが、心の中で呟く。先ほどから聞こえてくる心の声を、成り行きとは言え無許可で聞いてしまっているのはもどかしいような、居たたまれないような。
このことがエレノアに知られたら、私が想像する限りではとても怒られそうだ。そう、今度こそお城の牢屋行きだ。
人が通るのか、足場の作られた道を通り抜けると、肌に水気と冷気を感じた。クジラが自由に泳げそうなほど広い湖は、透き通った水面が青い空をうつしている。
アーサーは湖から五歩くらい離れた石の上にエレノアを座らせると、湖でハンカチを濡らす。
「エレノア、君の天使が見惑うような髪に触れてもいいだろうか」
「ダメよ。ハンカチ貸して。自分で拭うわ」
アーサーからハンカチを奪うような形で手にとると、エレノアは湖へと向かう。後ろでしょんぼりとした気配を漂わせつつも、エレノアを支えようとアーサーがついてくる。
エレノアが血を拭おうとしゃがんで水面を覗きこみ、私はそこで初めてエレノアの顔を見る。
あぁ、やっぱり――
「君の血を見るたび、俺は君を連れ去りたくなる。君を傷付ける者がいない、君が安寧に暮らせる、君を笑顔に出来る場所に」
後ろでエレノアを見守っていたアーサーが、ぽそりと呟く。
「王都が不安なら、この人間が作った世界が不安なら、いっそのこと、この世界を壊して、君を傷付ける奴等を一掃し、君が笑える世界を作ってしまえればいいのだがな。それぐらい俺は君が愛しく、君を傷付ける者が憎い。君を愛しく想うほど、憎しみは増す。愛が深ければ深いほど、憎しみも増すとは、君を好きになるまで知らなかった」
「アーサーらしくないわね」
「君が俺を狂わせたのだ」
「世界を壊して、王にでもなるつもり?」
「そうだな。無論、その時は君が女王だ。俺が作る世界は素晴らしいぞ。花は歌い幸せを奏で、空はオーロラのように美しく様々な色を彩り、川は誰も溺れ死ぬことがないように息が出来る。そこでは摩訶不思議で世界一美味いスープも飲める。君への愛が表現されたハートの城は、薔薇が甘く香しく庭に咲き誇る」
「薔薇は悪くないけど、他はどうなのかしら。夢物語にも程があるわ」
「では寝室のダブルベッドは君が好きなように」
「何で貴方と一緒に寝るのが前提なのよ。貴方は別の城で一人で寝なさいよ。そうね、貴方の家は宝石が沢山あるのだし、ダイヤの城とでも名乗っておけばいいんじゃない」
「なぜだ! 夫婦なら一緒に寝るのが、いや、朝目覚めた時に美しい君の寝顔を見つめたいのだ!」
「素直さも考えものね。気持ち悪いわ」
「気持ち悪い!」
エレノアが口元を緩ませると、がっかりしていたアーサーの雰囲気も少しだけ和らぐ。無言の時間には小鳥が代わりに囀ずり、それは歌うようにも話すようにも聞こえた。
「そうね、貴方が話すのは呆れたほど幸せな夢物語。でも、私を此処から連れ去って幸せになるのも夢物語だわ。不幸の魔女を伴って、はたして貴方に良いことがあるのかしら」
――何よ、期待して、私が馬鹿みたいじゃないの。
不機嫌に眉を寄せるエレノアが、心の中で呟く。先ほどから聞こえてくる心の声を、成り行きとは言え無許可で聞いてしまっているのはもどかしいような、居たたまれないような。
このことがエレノアに知られたら、私が想像する限りではとても怒られそうだ。そう、今度こそお城の牢屋行きだ。
人が通るのか、足場の作られた道を通り抜けると、肌に水気と冷気を感じた。クジラが自由に泳げそうなほど広い湖は、透き通った水面が青い空をうつしている。
アーサーは湖から五歩くらい離れた石の上にエレノアを座らせると、湖でハンカチを濡らす。
「エレノア、君の天使が見惑うような髪に触れてもいいだろうか」
「ダメよ。ハンカチ貸して。自分で拭うわ」
アーサーからハンカチを奪うような形で手にとると、エレノアは湖へと向かう。後ろでしょんぼりとした気配を漂わせつつも、エレノアを支えようとアーサーがついてくる。
エレノアが血を拭おうとしゃがんで水面を覗きこみ、私はそこで初めてエレノアの顔を見る。
あぁ、やっぱり――
「君の血を見るたび、俺は君を連れ去りたくなる。君を傷付ける者がいない、君が安寧に暮らせる、君を笑顔に出来る場所に」
後ろでエレノアを見守っていたアーサーが、ぽそりと呟く。
「王都が不安なら、この人間が作った世界が不安なら、いっそのこと、この世界を壊して、君を傷付ける奴等を一掃し、君が笑える世界を作ってしまえればいいのだがな。それぐらい俺は君が愛しく、君を傷付ける者が憎い。君を愛しく想うほど、憎しみは増す。愛が深ければ深いほど、憎しみも増すとは、君を好きになるまで知らなかった」
「アーサーらしくないわね」
「君が俺を狂わせたのだ」
「世界を壊して、王にでもなるつもり?」
「そうだな。無論、その時は君が女王だ。俺が作る世界は素晴らしいぞ。花は歌い幸せを奏で、空はオーロラのように美しく様々な色を彩り、川は誰も溺れ死ぬことがないように息が出来る。そこでは摩訶不思議で世界一美味いスープも飲める。君への愛が表現されたハートの城は、薔薇が甘く香しく庭に咲き誇る」
「薔薇は悪くないけど、他はどうなのかしら。夢物語にも程があるわ」
「では寝室のダブルベッドは君が好きなように」
「何で貴方と一緒に寝るのが前提なのよ。貴方は別の城で一人で寝なさいよ。そうね、貴方の家は宝石が沢山あるのだし、ダイヤの城とでも名乗っておけばいいんじゃない」
「なぜだ! 夫婦なら一緒に寝るのが、いや、朝目覚めた時に美しい君の寝顔を見つめたいのだ!」
「素直さも考えものね。気持ち悪いわ」
「気持ち悪い!」
エレノアが口元を緩ませると、がっかりしていたアーサーの雰囲気も少しだけ和らぐ。無言の時間には小鳥が代わりに囀ずり、それは歌うようにも話すようにも聞こえた。
「そうね、貴方が話すのは呆れたほど幸せな夢物語。でも、私を此処から連れ去って幸せになるのも夢物語だわ。不幸の魔女を伴って、はたして貴方に良いことがあるのかしら」