桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~
「あるさ。良いことなら沢山。まず、家に帰ったら君がいる。おかえりを言ってくれる。かもしれない。共に食事をし、共に眠りにつく。君が嫌でなければ。俺にとってはそれだけで良いことずくしだ。君が平穏に暮らし、共に人生を歩めるのであれば尚良い」
アーサーの言葉に、エレノアが不機嫌に眉を寄せる。それが照れ隠しなのは、お見通しなのか、アーサーがニマリと笑う。
――本当に、どうかしているわ。この人も、私も。
「七日後の夕暮れ時に迎えにくる。身仕度を整えておいてくれ」
アーサーはエレノアの手をとると、信じてほしいと言う気持ちがこもっているのか、力強く握る。今度はエレノアも拒否せず、二人見つめあう時間が流れた。エレノアから見るアーサーはキラキラ輝いていて、眩しくて目を細めてしまいたくなる。
エレノアはアーサーの言葉に頷きはしなかったけれど、繋がれたままの手がエレノアの応えを示していた。
エレノアが抱いている気持ちは、きっと私がチェシャ猫に抱く気持ちと一緒だ。
行動一つ、言葉一つに心を揺さぶられて、触れるともっと心臓がドキドキする。その人のことをもっと知りたくて、笑顔が見たくて、一緒にいたくて。その人を、その時間を大切にしたくて。
アーサーの手が名残惜しそうに、エレノアの爪の先まで愛撫していくようにゆっくりと離れていく。
ふと、アーサーの姿がチェシャ猫と重なって、実体のないはずの手を伸ばそうと思うのに、身体はやっぱりエレノアのものだ。
あぁ、私、やっぱりチェシャ猫に会えないまま諦めるなんて出来ない。諦めちゃ、ダメだ。
今度こそもうダメかもしれない、なんて、もう何度も経験してきた。それらを越えてこれたのは、チェシャ猫や皆がいたからだけど。
白ウサギと黒ウサギの命を救えたのも、暗黒の魔女が怖くても立てたのも、ユウリが檻から解放されたのも、諦めなかったからだ。
まず何よりも、諦めないでいたから私は此処にいるんだってこと、誰が認めてくれなくたって、今だけでも自信に変えなくちゃ。傲りだって言われたって構わない。これは我が儘なんだから。私は女王様の気持ちを残してきた。諦めたくないから、鏡を割った。
私は、チェシャ猫に会いたい。その為に此処にいる。
まるで鏡を割った時のように、エレノアの視界にある風景が割れていく。空をうつす水面がバラバラになって、僅かに残った太陽光が暗闇でチカチカと光った。木々をざわめかせていた風が、息を吸い込むように時空をかき混ぜる。小鳥の囀ずりの音、一つ一つが零れていく。
ふいにエレノアの身体から切り離され、身体が軽くなった。
時空を越えている。時計の記憶とは異なる、時間と記憶の旅。空も地面も、居場所さえもなく暗闇に放り出されて、時空の渦に成す術なく巻き込まれていく。
ダイヤモンドみたいにキラキラと砕け散った破片は集束し始めると、新たに風景を形作っていく。そして、再び私の意識がエレノアを溶け合っていく。
――今日はアーサーが迎えにくる日。本当に私は、アーサーの元へ行ってもいいのかしら。私がもし、アーサーに不幸を運んでしまったら。
不安と希望が入り混ざった悲痛な呟きが頭の中に響く。目尻が熱くなってきて、視界が少しだけボヤけていた。
「私らしく、ないわ」
瞳から溢れそうな小さな一滴を拭うと、木で作られた机を撫でる。古ぼけた机はささくれだっていて、強く擦れば手に刺さりそうだった。
エレノアが部屋を見渡す。
アーサーの言葉に、エレノアが不機嫌に眉を寄せる。それが照れ隠しなのは、お見通しなのか、アーサーがニマリと笑う。
――本当に、どうかしているわ。この人も、私も。
「七日後の夕暮れ時に迎えにくる。身仕度を整えておいてくれ」
アーサーはエレノアの手をとると、信じてほしいと言う気持ちがこもっているのか、力強く握る。今度はエレノアも拒否せず、二人見つめあう時間が流れた。エレノアから見るアーサーはキラキラ輝いていて、眩しくて目を細めてしまいたくなる。
エレノアはアーサーの言葉に頷きはしなかったけれど、繋がれたままの手がエレノアの応えを示していた。
エレノアが抱いている気持ちは、きっと私がチェシャ猫に抱く気持ちと一緒だ。
行動一つ、言葉一つに心を揺さぶられて、触れるともっと心臓がドキドキする。その人のことをもっと知りたくて、笑顔が見たくて、一緒にいたくて。その人を、その時間を大切にしたくて。
アーサーの手が名残惜しそうに、エレノアの爪の先まで愛撫していくようにゆっくりと離れていく。
ふと、アーサーの姿がチェシャ猫と重なって、実体のないはずの手を伸ばそうと思うのに、身体はやっぱりエレノアのものだ。
あぁ、私、やっぱりチェシャ猫に会えないまま諦めるなんて出来ない。諦めちゃ、ダメだ。
今度こそもうダメかもしれない、なんて、もう何度も経験してきた。それらを越えてこれたのは、チェシャ猫や皆がいたからだけど。
白ウサギと黒ウサギの命を救えたのも、暗黒の魔女が怖くても立てたのも、ユウリが檻から解放されたのも、諦めなかったからだ。
まず何よりも、諦めないでいたから私は此処にいるんだってこと、誰が認めてくれなくたって、今だけでも自信に変えなくちゃ。傲りだって言われたって構わない。これは我が儘なんだから。私は女王様の気持ちを残してきた。諦めたくないから、鏡を割った。
私は、チェシャ猫に会いたい。その為に此処にいる。
まるで鏡を割った時のように、エレノアの視界にある風景が割れていく。空をうつす水面がバラバラになって、僅かに残った太陽光が暗闇でチカチカと光った。木々をざわめかせていた風が、息を吸い込むように時空をかき混ぜる。小鳥の囀ずりの音、一つ一つが零れていく。
ふいにエレノアの身体から切り離され、身体が軽くなった。
時空を越えている。時計の記憶とは異なる、時間と記憶の旅。空も地面も、居場所さえもなく暗闇に放り出されて、時空の渦に成す術なく巻き込まれていく。
ダイヤモンドみたいにキラキラと砕け散った破片は集束し始めると、新たに風景を形作っていく。そして、再び私の意識がエレノアを溶け合っていく。
――今日はアーサーが迎えにくる日。本当に私は、アーサーの元へ行ってもいいのかしら。私がもし、アーサーに不幸を運んでしまったら。
不安と希望が入り混ざった悲痛な呟きが頭の中に響く。目尻が熱くなってきて、視界が少しだけボヤけていた。
「私らしく、ないわ」
瞳から溢れそうな小さな一滴を拭うと、木で作られた机を撫でる。古ぼけた机はささくれだっていて、強く擦れば手に刺さりそうだった。
エレノアが部屋を見渡す。