桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~
 足元に気をつけながら、黒ウサギへと近付く。生きてはいたものの、どこか怪我をしているかもしれない。
「来るな!」
 黒ウサギのところまでもう五歩という所で、起き上がった黒ウサギが私に叫ぶ。 
「やっぱりお前、アリスか。俺に近付くな。そこにいろ」
 物言わさぬ黒ウサギの敵意を感じ、進もうとしていた足は止まる。
「どうして私がアリスだってわかるの?」
「わかる。俺達はそういう風に呪いがかかっている。近寄るなアリス。刻限から逃げたんだ。何故俺を追う。まさか、白ウサギも刻限から逃げたのか」
 私がそれに対する返答をしなくても、黒ウサギは自分で答えを出したようだった。黒ウサギが苦い顔をすると、再びこちらを睨む。
「ごめんなさい。でも、怪我を」
「怪我、したのか!」
「えっ」
「怪我、見せてみろ」
「あ、え?」
 ぶっきらぼうに、だけど不安そうにする黒ウサギが、先程の言葉とは逆に私に寄ってくる。先程までの威嚇する表情は、驚きと不安そうな表情に変わっていて、理解が追いつかない。
「違うよ。私は怪我なんてしてない! 黒ウサギが助けてくれたから平気だよ。ありがとう」 
「そう、か。なら良い」
 黒ウサギの焦りに便乗しそうになったた私がそう言うと、黒ウサギは行動をピタリと止め、安心したかのようにほっと息を吐き、ふわりと微笑んだ。優しくて、穏やかな微笑み。その優しい笑顔に思わず釘付けになる。もしかして、心配してくれたのだろうか。 
「どうして、その、助けてくれたの?」
 私から逃げていた黒ウサギが、私を助けるなんて不思議で堪らない。私を助ければ、掴まってしまうかもしれないのに。 
 黒ウサギは笑顔を消し、眉を寄せた。
「アリスが死んだりしたら、誰も時計を、世界の崩壊を止められない」 
 黒ウサギの表情があまりにも切なそうで、胸がズキリと痛む。
「なら、何故逃げたの?」
 世界の崩壊を防ぐのなら、黒ウサギか白ウサギの時計を止めなければならない。 それを黒ウサギは分かっているはずなのに。
「……アリスは白ウサギだけ追いかけていればいい」 
『アリスは白ウサギだけ追いかければいいんだ!』
 黒ウサギの言葉で、時計の記憶が蘇る。それは十三代目のアリスさんが追いかけていた、黒ウサギと同じ言葉。 
「どうして? 私が白ウサギを選んだら、黒ウサギは消えちゃうんだよ!」
「俺の事なんてどうでもいいだろ」
「よくない、よくないよ!」
 黒ウサギが、消えてしまう。その事が頭をぐるぐる回る。言い様のない不安がどこからか湧いてくる。
 この不安はどこからくるのだろう?
 寂しい。そう感じるのはどうして? 
 初めて会ったのに、どうして寂しいだなんて思えるんだろう。誰かの気持ちが押し付けられているようで、肩がずっしりと重くなった気がした。でも、こうした焦燥も寂しさも、私の感覚だ。
『行かないで』
 十三代目のアリスさんの言葉と重なる気持ち。消えてほしくない。時計を止めたくない。黒ウサギに消えてほしくない。 
 消えないで。
 頭の中で繰り返される言葉が出そうになって、喉の奥で止まる。
 これは本当に私の気持ち?
 この言葉を、私は言っていいの?
「俺の事は放っておけ。お前は、白ウサギを追うんだ」
 黒ウサギはそう吐き捨てると、背を向けてしまった。長い、黒いウサギ耳は、また彼女の気持ちを呼び覚ます。
『行かないで』
「黒ウサギ」
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