桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~
名前を呼んだと同時に、馴染みのない金属音が静寂に響く。目の前には、音の元がこちらに向けられていた。冷ややかな銃口がその存在感だけで私を射る。弾が放たれた音が鼓膜を振動させ、何が起こったかを知らせた。
反射的に閉じた目を恐る恐るこじ開ける。目の前には先程と変わらぬ位置で煙が吹き出す銃口を、こちらに向ける黒ウサギ。その瞳は感情が揺れている。でも今の私には、黒ウサギの感情は読み取れない。
あぁ、撃たれたのかもしれない。そう思って死を連想した。
「失せろ。俺に二度と近づくな」
へたり、と足の力が抜け、重力に従って体が下へと沈む。地面に開けられた銃痕が目に入って、体の震えが止まらない。これは、恐怖の震えだ。
「どうして」
どうして助けてくれたの?
どうして笑ったの?
どうして撃ったの?
縮まったと思ったら、遠くなった黒ウサギとの距離。互いが触れられそうな位置にあったのに、触れられなかった。触れようとしたのに、邪魔したのは何?
『消えないで』
消えてほしくない。消したくなんてない。私はウサギを消す為にいるのに、国を守るって決めたのに。
様々な感情が心を掻き乱す。アリスさんから引き継がれた僅かな記憶と心。知った黒ウサギの優しさと拒絶。
私は、どうしたらいいの?
私は、どうしたいの?
「アリス!」
近くから聞こえたチェシャ猫の声に顔を上げると、チェシャ猫がどこからともなく現れる。
「怪我はないかい?」
「うん」
硝煙の臭いに気づいたようで、チェシャ猫が顔をしかめた。地面に銃痕を見つけ安堵する素振りを見せたけど、怪我がないか見てくれた。
そっと握られた手に、ホッとして体の力が抜けてくる。
ダメだ、我慢出来ない。
「怖かった」
崖から落ちた事も、初めて銃を向けられたことも。体が震える。涙が、抑えがきかない。私が泣いていたらいけないのに。
「ごめんよ、君を危険な目に合わせた。案内人失格だ」
私を優しく見つめる茶色い瞳。それにそっと頭を撫でながら大丈夫、と呟いてくれるチェシャ猫の声にとても安心した。チェシャ猫が側にいるなら、何も怖い事なんてない。そう思えてくる程に。でも、その声とは裏腹に、チェシャ猫は怒っている気がした。多分、私を危険な目に合わせたことへの自分自身への憤り。不安になって瞳を覗くと、真剣な眼差しで返される。知ろうとした気持ちは見えなくて、だけど目を逸らそうにも、自分自身を責めようとする瞳に、反らす事が出来ない。
「アリス。僕はアリスのチェシャ猫。アリスの案内人」
「チェシャ猫?」
「案内人はアリスを守るのが役目なんだ。だから」
どうしてか、チェシャ猫の声はまるで、自分に言い聞かせているようだった。
「チェシャ猫、私、もう大丈夫だよ。チェシャ猫がいてくれたから、平気だったんだよ。だから、これ以上自分を責めないで」
「でも、怖かっただろう? 僕が君の傍を離れなければ」
「駆けつけてきてくれたよ。それに、今、ちゃんと傍に居てくれているよ」
私の身長が十倍あっても足りないくらい高い崖は、到底降りてこられる距離じゃない。
チェシャ猫も私たちを追って落ちてきたのかもしれない。
いつの間にか体の震えも涙も止まっている。チェシャ猫の指が最後の涙を拭ってくれた。それだけでさっきまでの恐怖なんて拭われる。
「ありがとう」
優しく微笑むチェシャ猫に、もう一度ありがとうと呟く。
「黒ウサギは?」
チェシャ猫の言葉にハッとして黒ウサギのいた場所を見ると、すでに黒ウサギはいなくなっていた。
反射的に閉じた目を恐る恐るこじ開ける。目の前には先程と変わらぬ位置で煙が吹き出す銃口を、こちらに向ける黒ウサギ。その瞳は感情が揺れている。でも今の私には、黒ウサギの感情は読み取れない。
あぁ、撃たれたのかもしれない。そう思って死を連想した。
「失せろ。俺に二度と近づくな」
へたり、と足の力が抜け、重力に従って体が下へと沈む。地面に開けられた銃痕が目に入って、体の震えが止まらない。これは、恐怖の震えだ。
「どうして」
どうして助けてくれたの?
どうして笑ったの?
どうして撃ったの?
縮まったと思ったら、遠くなった黒ウサギとの距離。互いが触れられそうな位置にあったのに、触れられなかった。触れようとしたのに、邪魔したのは何?
『消えないで』
消えてほしくない。消したくなんてない。私はウサギを消す為にいるのに、国を守るって決めたのに。
様々な感情が心を掻き乱す。アリスさんから引き継がれた僅かな記憶と心。知った黒ウサギの優しさと拒絶。
私は、どうしたらいいの?
私は、どうしたいの?
「アリス!」
近くから聞こえたチェシャ猫の声に顔を上げると、チェシャ猫がどこからともなく現れる。
「怪我はないかい?」
「うん」
硝煙の臭いに気づいたようで、チェシャ猫が顔をしかめた。地面に銃痕を見つけ安堵する素振りを見せたけど、怪我がないか見てくれた。
そっと握られた手に、ホッとして体の力が抜けてくる。
ダメだ、我慢出来ない。
「怖かった」
崖から落ちた事も、初めて銃を向けられたことも。体が震える。涙が、抑えがきかない。私が泣いていたらいけないのに。
「ごめんよ、君を危険な目に合わせた。案内人失格だ」
私を優しく見つめる茶色い瞳。それにそっと頭を撫でながら大丈夫、と呟いてくれるチェシャ猫の声にとても安心した。チェシャ猫が側にいるなら、何も怖い事なんてない。そう思えてくる程に。でも、その声とは裏腹に、チェシャ猫は怒っている気がした。多分、私を危険な目に合わせたことへの自分自身への憤り。不安になって瞳を覗くと、真剣な眼差しで返される。知ろうとした気持ちは見えなくて、だけど目を逸らそうにも、自分自身を責めようとする瞳に、反らす事が出来ない。
「アリス。僕はアリスのチェシャ猫。アリスの案内人」
「チェシャ猫?」
「案内人はアリスを守るのが役目なんだ。だから」
どうしてか、チェシャ猫の声はまるで、自分に言い聞かせているようだった。
「チェシャ猫、私、もう大丈夫だよ。チェシャ猫がいてくれたから、平気だったんだよ。だから、これ以上自分を責めないで」
「でも、怖かっただろう? 僕が君の傍を離れなければ」
「駆けつけてきてくれたよ。それに、今、ちゃんと傍に居てくれているよ」
私の身長が十倍あっても足りないくらい高い崖は、到底降りてこられる距離じゃない。
チェシャ猫も私たちを追って落ちてきたのかもしれない。
いつの間にか体の震えも涙も止まっている。チェシャ猫の指が最後の涙を拭ってくれた。それだけでさっきまでの恐怖なんて拭われる。
「ありがとう」
優しく微笑むチェシャ猫に、もう一度ありがとうと呟く。
「黒ウサギは?」
チェシャ猫の言葉にハッとして黒ウサギのいた場所を見ると、すでに黒ウサギはいなくなっていた。