桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~
「暗黒の魔女自身の、呪い?」
「詳しく話すと、とても長くなりそうだなんだけど」
 ふ、と女王様のことを考えて、言葉が詰まる。皆を苦しめた呪いとは言え、女王様の過去を簡単に口にしてもいいのかな。それにこの世界は、エレノアの夢の中。私達の、夢の時間。全てを話せばこの世界が本当の意味で崩れてしまう気がする。
 なら、なんて言えばいいんだろう。暗黒の魔女はいなくなったと皆を安心させて、女王様のことは私一人秘めておく?
「暗黒の魔女は」
「アリス殿!」
 巨人も通れそうな大きな城門の中から、腰に負担をかけないよう慎重に、でも懸命に走ってくる姿がある。近頃衰えたと自称していたけれど、どうやら本当だったみたいだ。
「ジャックさん!」
「はぁ、はぁ、アリス殿! おかえりなさい、ですな」
 ジャックさんが息を切らして、両膝に手を置く。赤い帽子が風圧に負けたのか少しだけ、持ち主の状態を代弁するかのようにへたりとくたびれてしまっている。顔をあげたジャックさんは衰えた身体に困っていても、その表情は笑顔で。また、胸がぎゅっと締め付けられる。
「ただいま。ジャックさん! 身体は大丈夫?」
「ほっほっほ、老体には、ちと辛いものがありますな」
「背中をさするかい?」
「ほっほっ、チェシャ猫殿も、おかえりなさいですぞ」
「ありがとう」
 一瞬だけ驚いたチェシャ猫は安堵したように微笑むと、ジャックさんがとん、と叩いた背中を擦る。リズも緊張しながら、ジャックさんにハンカチを手渡した。
「リズ殿、お気遣い感謝する。アリス殿、帰ってきたお祝いにトランプ勝負したいところなのですがね。至急女王陛下の元に向かってくれませんかな?」
「女王様、どうかしたの?」
「ほっほっ、詳細は困っている当事者に聞いてくだされ」
 チェシャ猫やリズと、顔を見合わせる。
 女王様に困っている当事者?
「行ってみるね。トランプ、落ち着いたら遊びたいです!」
「いつでも、声をかけてくだされ。頼みましたぞ」
「リズ、後でゆっくり遊ぼうね」
「ふふ、いつまでも慌ただしいのだから」
 慌ただしいのは治っていないかもしれないけれど、私のせいなのだろうか。主に女王様に振り回されているような。
 城の中に入ると、トランプ兵が私よりも慌ただしく動き回っている。いつもは城内にいないスペード兵も駆り出されていて、城内はトランプ兵で溢れかえっていた。その中にはダイヤ兵も混ざっていて、思い当たる顔が思い浮かんだ瞬間、城の奥から泣き声が耳に飛び込む。
「女王! 女王ー! 開けてくれー!」
 最近聞いたことのある声な気がするのだけれど、叫び声に威厳はなく、頼りがいもなく。ダイヤ兵はいつものことだと言うように、それぞれがため息をついて忙しい足を緩めない。対するハート兵やスペード兵、クローバー兵は、驚きで足を止める兵が何人かいた。
「おい、現場に向かわないで大丈夫なのか」
「俺達トランプ兵が駆けつけたところで、何もできないさ」
「とばっちりを食らうと首がとぶぞ。仕事に集中集中」
 トランプ兵が声を掛け合い、再び誰もが忙しそうに走り回る。私とチェシャ猫は、そんなトランプ兵にぶつからないように今もなお叫び声が聞こえる方へと足を進める。
「女王! 俺が悪かった! すまない! 君の意思は理解した!」
「理解したところで、女心も理解出来ないとずっとこのままですよ」
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