桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~
女王様の部屋の前で、膝をついて項垂れる姿は、ダイヤの王様で。その横に、氷のような視線で王様を見下ろす時計屋さんが立っている。時計屋さんは私達の姿に気付くと、赤いルージュの唇が口角を上げる。瞬く間に兵顔負けの無駄のない動作で敬礼をされて、思わずこちらがたじろぎそうになる。
クールビューティーな時計屋さん。女王様とは似て非なる、周りを凍てつかせる氷のような言葉と瞳を持つ女性。ダイヤの王様の側近として職務を完璧にこなすだろう彼女からの敬礼は、きっと二つの意味がある。
「ハートの城の姫君、チェシャ猫。ご帰還お待ちしておりました」
「時計屋さん、ありがとう」
この城で育った立場の私への誠意と、呪いを解いた私への敬意。それが分かっていても、完璧な女性からの敬礼は、自身の不出来が恥ずかしくて、どぎまぎしてしまう。
「おお、アリス! 待っていたぞ!」
涙で顔を塗らしたダイヤの王様が、膝をついて項垂れていたことなど忘れたかのように堂々と歩いてくる。金髪がキラキラと輝いて、その歩調とオーラは王様の威厳を保っているけれど、涙でぐちゃぐちゃに濡れた顔のせいで台無しなような。
「我らが英雄、アリス。此度も我が妻の心を救ってほしい」
「訳しますと、殿下が女王様のご機嫌を損ねたので、アリス姫にご機嫌を取ってほしいと申しております」
「おい、何故訳した? 俺様の言葉のどこが悪いと」
「元々ヒステリックだけれど、ご機嫌を損ねた理由はなんだい?」
「王様の尊厳を守るため、お答えしかねます」
「おい、無視をするな」
チェシャ猫は少しめんどくさそうにため息を吐く。時計屋さんもめんどくさそうにハンカチで王様の涙を拭うと、再び私に視線を送ってくる。頼みます、と言っているのかな。
「じゃあ、私が声をかけてみますね」
「頼んだぞ」
「僕は此処で待っているよ。僕がいくと、更に女王の機嫌を損ねそうだしね」
「うん、待っていてね、チェシャ猫」
とは言ったものの、いざ女王様の部屋の扉を前にすると、緊張してくる。
私が暗黒の魔女の呪いを解いてから、女王様はどう過ごしていたんだろう。今、どんな心境にあるのだろう。
少しだけ不安がある。私がこの世界の住人ではなかったこと、暗黒の魔女の正体を知ったこと。女王様の過去を知ってしまったこと。これからの私達のこと。
不安が渦巻くけれど、今私が此処にいるのは、この国に帰ってきたかったからだ。皆に、女王様に会いたかったから。
「女王様、入るね」
不安が表れてしまったのか、ノックはあまり響かないまま扉を開けてしまった。部屋に入ると、薔薇の香りが充満していて、広い部屋を見渡すと薔薇の花瓶で埋め尽くされている。よく見ると、「愛している。君の伴侶より」と書かれた手紙が刺さっていて、王様がプレゼントしたのだと分かる。視線を移していくと、ベッドにうつ伏せになる女王様の姿があった。
「女王様、私、帰ってきたよ」
ピクリと動いた気配はあったものの、返答がないまま、部屋が静まり返る。
『貴女は貴女の未来を紡ぎなさい、アリス』
暗黒の魔女に連れていかれた世界から消える時に、女王様はそう言い残した。女王様は、本当は私があちらで生きるべきだと思っていたのかな。
「私、此処に帰って来たかったの。この先の未来を、チェシャ猫と、皆と、女王様一緒に紡いで行きたかったから」
女王様から返答はない。美しく艶めく金髪の長い髪が顔を隠していて、表情さえわからない。
「また、私はここに居ていい?」
ベッドに近づくと、小さな声が聞こえてくる。
クールビューティーな時計屋さん。女王様とは似て非なる、周りを凍てつかせる氷のような言葉と瞳を持つ女性。ダイヤの王様の側近として職務を完璧にこなすだろう彼女からの敬礼は、きっと二つの意味がある。
「ハートの城の姫君、チェシャ猫。ご帰還お待ちしておりました」
「時計屋さん、ありがとう」
この城で育った立場の私への誠意と、呪いを解いた私への敬意。それが分かっていても、完璧な女性からの敬礼は、自身の不出来が恥ずかしくて、どぎまぎしてしまう。
「おお、アリス! 待っていたぞ!」
涙で顔を塗らしたダイヤの王様が、膝をついて項垂れていたことなど忘れたかのように堂々と歩いてくる。金髪がキラキラと輝いて、その歩調とオーラは王様の威厳を保っているけれど、涙でぐちゃぐちゃに濡れた顔のせいで台無しなような。
「我らが英雄、アリス。此度も我が妻の心を救ってほしい」
「訳しますと、殿下が女王様のご機嫌を損ねたので、アリス姫にご機嫌を取ってほしいと申しております」
「おい、何故訳した? 俺様の言葉のどこが悪いと」
「元々ヒステリックだけれど、ご機嫌を損ねた理由はなんだい?」
「王様の尊厳を守るため、お答えしかねます」
「おい、無視をするな」
チェシャ猫は少しめんどくさそうにため息を吐く。時計屋さんもめんどくさそうにハンカチで王様の涙を拭うと、再び私に視線を送ってくる。頼みます、と言っているのかな。
「じゃあ、私が声をかけてみますね」
「頼んだぞ」
「僕は此処で待っているよ。僕がいくと、更に女王の機嫌を損ねそうだしね」
「うん、待っていてね、チェシャ猫」
とは言ったものの、いざ女王様の部屋の扉を前にすると、緊張してくる。
私が暗黒の魔女の呪いを解いてから、女王様はどう過ごしていたんだろう。今、どんな心境にあるのだろう。
少しだけ不安がある。私がこの世界の住人ではなかったこと、暗黒の魔女の正体を知ったこと。女王様の過去を知ってしまったこと。これからの私達のこと。
不安が渦巻くけれど、今私が此処にいるのは、この国に帰ってきたかったからだ。皆に、女王様に会いたかったから。
「女王様、入るね」
不安が表れてしまったのか、ノックはあまり響かないまま扉を開けてしまった。部屋に入ると、薔薇の香りが充満していて、広い部屋を見渡すと薔薇の花瓶で埋め尽くされている。よく見ると、「愛している。君の伴侶より」と書かれた手紙が刺さっていて、王様がプレゼントしたのだと分かる。視線を移していくと、ベッドにうつ伏せになる女王様の姿があった。
「女王様、私、帰ってきたよ」
ピクリと動いた気配はあったものの、返答がないまま、部屋が静まり返る。
『貴女は貴女の未来を紡ぎなさい、アリス』
暗黒の魔女に連れていかれた世界から消える時に、女王様はそう言い残した。女王様は、本当は私があちらで生きるべきだと思っていたのかな。
「私、此処に帰って来たかったの。この先の未来を、チェシャ猫と、皆と、女王様一緒に紡いで行きたかったから」
女王様から返答はない。美しく艶めく金髪の長い髪が顔を隠していて、表情さえわからない。
「また、私はここに居ていい?」
ベッドに近づくと、小さな声が聞こえてくる。