桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~
「今日一日、助けてくれてありがとう。チェシャ猫がいなかったら、もう挫けるどころか死んじゃっていたよ」
 迷いの森で会った黒ウサギ。そしてそこに現れた魔物達。チェシャ猫がいなかったら今頃私はどうしていただろう。きっと迷いの森で魔物に襲われ死んでいた。たとえ運よく魔物に襲われなくても、行く先なんて分からなくて途方にくれていたに違いない。
「アリスが、頑張った結果だよ」
一瞬言葉に詰まったチェシャ猫が、そっと呟く。
 もしかして、崖で私を助けられなかったことを気にしているの――?
「ねぇチェシャ猫。守ってくれてありがとう。魔物から守ってくれたし、崖に落ちた私を追って、助けてくれたよね。ここまで連れてきてくれたし、女王様の命令とは言え、きっとここまで助けてくれるのはチェシャ猫だけだよ」
 そう、チェシャ猫だけだ。
 そう思うのと同時に、どうしてこんなチェシャ猫は私を守ってくれるのか疑問が浮かんだ。
 チェシャ猫は驚いた顔をすると、ふっと微笑む。
「僕だけじゃないよ。アリスが帰りたいと思うのと同じくらい、アリスの大切な人達は、君を守ってくれるよ。君が選ばれたアリスじゃなくたって、一人の女の子として守ってくれる。君は君だ。天真爛漫で、危なっかしくて、笑顔が可愛い女の子だよ。それに君だって、魔物が僕に襲ってきた時、体当たりして助けようとしてくれただろう? 僕も、同じだよ」
 君を君として守っている。
 そんな言葉が聞こえて、泣きたくなった。選ばれたアリス、じゃなく。私を肯定してくれた気がして。心の奥にあった、選ばれたアリスとしての不安が消えていく。
「けど、心臓に悪いからもうあんな無茶はしないでくれるかい?」
「あれは、うん、無茶だったかも。ごめんなさい。気をつけます!」
「話しすぎたね。ゆっくり休んで。明日もきっと、大変だよ。おやすみ」
 ゆっくりと扉が閉まり、部屋に一人ぼっちになる。少しだけ出た涙を拭った。
「チェシャ猫を知りたいな」
『僕はアリスの案内人』
 役目がチェシャ猫を、私達を縛っている。私はもっとチェシャ猫と仲良くなりたいのに。
 もっと、もっと――
『アリス』
いつの間に眠っていたのか、誰かに呼ばれた気がして目が覚める。 
辺りは真っ暗で確かな確認は出来ないけど、部屋の中に 誰かがいる気配はない。起き上がり念の為部屋を見渡す。眠りに落ちる前と部屋は何ら変わりない。変わらないはずなのに、何か違う。まるで空気を濁すような異質な雰囲気。ゾクリと背中に寒気がする。それに心なしか息をするのが辛い。
『何かあったら呼んでね』
 チェシャ猫の言葉を思い出す。
 チェシャ猫を呼ぼうとベッドから降りてドアへと向かう。自然と歩く足が速くなった。ドアを開けると不気味なほど音が響く。
「アリス」
「きゃっ」
 衝撃をうけて痛い鼻を押さえて、ぶつかった人物を確かめる為上を見上げる。するとそこには、ランプを持った帽子屋がいた。ランプの青い炎が帽子屋の顔を怪しく照らしている。
「帽子屋! びっくりしたよ。どうして私の部屋に? ねぇ、館の様子が変だよ。魔物がいるような、狂気が満ちているような、分からないけど、何かが起こっているんじゃないの?」
「ああ。それについて話したい事があるんだ。来てくれないか?」
「え、わっ!」
 帽子屋は私の腕をつかみ、スタスタと歩き始める。
「帽子屋、チェシャ猫は起こさなくていいの? 眠りネズミは?」
「二人ならもう部屋にいる。心配はいらないさ」
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