桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~
 こんな薄暗い空間に一人で。ずっと、ずっと一人でいるなんて。誰もいない空間にいて、寂しくないはずがない。歳はそんなに違わないかもしれない。だけどこんな幼い子が一人ぼっちでいたなんて。
「バカじゃないの。僕はこの空間で生まれたんだ。元々親がいるわけじゃない。夢魔は夢から生まれた、夢を食べる存在。そもそも普通の人と違うんだ。だから、別に寂しくなんか」
 ないんだ。ないはずなのに、なんで。
 そんな続きが聞こえてきそうで、黙ってはいられなかった。
「そうかな。なんだか夢魔は寂しそうな顔しているよ?」 
「べ、別にそんな顔してない!」
 腕の中でじたばたと夢魔が暴れだす。小さな抵抗は、拒否をしていない証拠だと思いたい。
「私はね、一人の時は寂しかった。幼い頃。夜に一人で寝る時、暗い部屋がとても怖くて寂しかった。昼間はいつだって城の誰かが側にいたから。一人になってみると急に取り残されてしまったような気がして」
 本当の親がいない。少しだけれどそのことが引っかかってしまっていて、私はどこから来たのか、本当の家族はどこにいるのか。私は一人ぼっちなんじゃないかって。
 だけど、そんな時は女王様がきてくれた。あの男の子が言ってくれた。
『君は一人じゃない、大丈夫』
 でも、夢魔は? 
「アリスがっ、言う程の事じゃない! 此処には仕立て屋も来るから」
 言われてみれば私が入ってきた鏡は仕立て屋の家にある。
「仕立て屋がいるなら、私が心配する事もないかもしれないんだけど」
 緩んでいた腕にまた少しだけ力を込める。
「寂しかったら、いつでも言っていいからね?」
「わ、分かったから!」 
 手を緩めると、夢魔は凄い速さで離れていった。
「ごめんね。急に抱き締めたりして」
「べ、別に! いいけどっ。ただ、その、馴れてないっていうか。急に抱き締めたりするなっ!」
 顔を真っ赤にしながら夢魔が言った。照れているんだろうな。
「あははっ! 夢魔、顔赤いよ」
 人と触れ合うのは馴れてないみたいで、ましてや抱き締められるなんて初めてだったのかもしれない。
「赤くなんかないし! 寂しくもない!」
 そう言うと夢魔はプイッと顔を横に向けた。
「なんか夢魔、可愛い。弟みたい」
「なっ!」
「私には甘えていいからね?」
 夢魔に近づいて頭を撫でる。
「ななな、何するのさ!」
 夢魔は先程よりも顔を真っ赤にして口ごもる。照れ屋で素直じゃない所、女王様に似ているかもしれない。そう思うと、思わず頬が緩んだ。
 夢魔を離して立ち上がった時、ふと視界に真っ黒な星が目に入った。やたらと目につく真っ黒な星。その星からは独特の雰囲気を感じる。こんなに存在感を放っているのに、どうしてさっきは気付かなかったんだろう。
 吸い寄せられるようにして真っ黒な星の近くに寄る。この星だけが、黒い。周りの星はもっとカラフルな色をしているのに、この一つの星だけが、深い穴を覗いたような、暗黒を持っている。真っ黒な星の目の前に立つと、星が脈打った気がした。
 瞬間、星に映像が映しだされた。吸い込まれるように夢の世界へと引き込まれる。霧がだんだんとひらけていく。次第にはっきりとしていくその先には、先程のような懐かしさはなかった。
『――じょ! 許さないわよ!』
 霧の向こうで、誰かが叫んでいる。 
『よくも、この世界を!』
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