桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~
「可愛い私のアリス、ほっといて中に入ろう? さぁさぁ! 猫さんもご一緒にどうぞっ!」
「う、うん」
「どうも」
 メアリーに手を引かれ、厨房にあるテーブルの席に着く。席に着くと、スープの匂いが漂ってきた。しょっぱさと甘さを感じさせる不思議な香りが鼻をくすぐる。そして不思議な事に、スープの表面はキラキラと輝いているように見えた。
「美味しそうだね」
「うん! ねぇ、これ誰が作ったの?」
 海ガメが此処に入る前、ダメコックが作るスープでも、と話していたけど。それってもしかして
「えへへ。メアリー作だよ! 可愛いでしょ! 食べて食べて!」
「ちっがーう! 作ったのは僕だよ、僕! 嘘をつくな!」
 さっきまで白ウサギに食って掛かっていたグリフォンが後ろから現れる。やっぱりダメコックはグリフォンの事だったんだ。
「言っとくけど、それはお客様用のスープなんだからな、って言ったそばから何飲んでんだあぁあ!」
 グリフォンの視線の先を見ると、スプーン片手にスープを飲んでいるメアリーがいる。
「いいじゃない。また作れば良いもん。はい、アリスに猫さん、スプーンどうぞっ!」
「ありがとう」
「これお客さん用なんじゃ、ってチェシャ猫まで!」
 メアリーからスプーンを渡されると、チェシャ猫は近くにあったスープを引き寄せ飲み始めている。
「うん。美味しいよ。アリスは飲まないのかい?」
「え、でもこれはお客さんのだし「遠慮しないで飲んで下さいねぇ」……はい」 
 海ガメから有無を言わさないオーラを感じ、メアリーからスプーンを受けとる。 
 後ろにいるグリフォンを盗み見ると、どうやら必死に怒りを抑えているようだ。ワナワナと体を震わせるグリフォン。ストレスでお腹を壊したりしないか心配だ。
 前方、机を挟んだ先には何やら黒いオーラを出し楽しそうに微笑む海ガメ。表情が怖い。顔には「早く食べろ」と書いてある。食べても怖いし食べないのも後が怖い。後方は想像が出来ないと言うか、したくない。
「お姉ちゃんスープ飲まないの? 冷めちゃうよ?」
「えっと、じゃあいただこうかな?」
 いつの間にかテーブルに座ってスープを飲んでいるビル。一番侮れないのはビルなのかも。
「まぁせっかくアリスとチェシャ猫が来ているんです。今日は二人がお客様です。スープ作りは僕も手伝いますし、ね?」
 だからグリフォン落ち着いて下さい、と白ウサギがグリフォンを宥める。グリフォンは仕事が減ることで納得し、やっと落ち着いたようだ。海ガメとグリフォンの物言わせぬ視線から解放され、心の中でありがとう、と感謝を述べる。
「まったく、絶対後で手伝えよ!」
「勿論ですよ」
 湯気の立つスープを掬い、口に含んだ。甘くてしょっぱくて、香りの通り不思議な味が口の中に広がる。 
「……海」
 その味で想像したのは海。目を閉じると、まるで本で読んだ通りの海の中にいるような景色が広がってきて、目の前で小魚が泳いだ気がした。カラフルな珊瑚礁と、太陽の差し込む海底。
「どうですー? 海が見えましたー? 美味しいですかぁ?」
「うん! 見えたよ! それに、凄く美味しい!」
 海ガメの言葉に海の景色が消え去る。少し名残惜しい。
「暖まるね」
「うん!」
 隣で微笑むチェシャ猫につられ、思わず笑顔になる。確かに川の底に来てから少し肌寒かったから、体が暖まっていく気がした。チェシャ猫の微笑みと温かなスープに体も心も温まる。
「平和ですねぇ」
 それは海ガメ達も同じようで、ゆったりとした雰囲気が部屋に流れた。
< 63 / 209 >

この作品をシェア

pagetop