桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~
「って! 和んでいる場合じゃないよ! 危うく海ガメ達のペースに流されるところだった」
 本来の目的を思いだし、瞬時に立ち上がる。
「どうしたの? えへへ。焦った顔も可愛い!」
「わわ! メアリー!」
 再び抱き着いてくるメアリー。いつの間にか手には生クリームが握られていて、スープの匂いではなくチョコレートや苺の甘い香りがする理由がなんとなく分かった気がする。
「メアリー、アリスを離してあげてください」
 白ウサギの纏う雰囲気が変わり、優しくありながら、威厳を含む声が響いた。
『アリス。君の願いはなんですか?』
 橋で出会った時の白ウサギの言葉が同じように響く。
 白ウサギの声は、大切なことを気付かせる力がある。私が狂気に呑まれかけたあの時、私を正気に戻してくれた。そして、私の心の奥底にあった本当の願いを気付かせてくれた。
 だから白ウサギの発する言葉には力がある。人の惑いや欲求を見透かしていて、そしてそれら全てを消し去るような、そんな力が。
「むー。白みみさんのケチー!」
「許して下さい。どうやら、予想していたより時間がないみたいですから」
「時間がない?」
 白ウサギの言葉で、ほのぼのとした雰囲気が一気に緊張感を纏うものに変わる。
 私が疑問を抱いている中、グリフォン、メアリー、ビルの三人は明らかに目付きが変わった。海ガメの表情は変わらないものの、まるでこうなる事が分かっていたような感じだ。
 勿論、これから起こる事も予想出来ている、そう感じる。
「流石白ウサギだね。気付かなかったよ」
「チェシャ猫まで。一体どういう事?」
 ここはまだ崩壊は始まっていないけど、私の知らない所で世界の崩壊は今も進んでいる。
 不思議の国を形創る地形が崩れ、呪いが人々の狂気を呼び覚まし狂わせているはず。
 私や帽子屋が狂気に囚われたように。魔女の呪いに触れるだけで心は狂気に駆られる。
 もし不思議の国の人々全てが狂気に囚われたら……?
 そんな事を想像するだけでゾッとする。下がっていた視線を上げると、メアリーと目が合った。少しの間見つめ合うと、私の不安を読み取ったかのように、メアリーは出会った時の笑顔を見せる。
「心配しないで! 可愛い可愛いアリスは私が守るから!」
「少しですがまだ時間はあります。とにかく手早く話を進めますね。まず、呪いの解き方についてです」
「呪いの解き方……」
 思いの外、白ウサギの言葉に心臓が激しく脈打っているのが分かる。呪いを解くと言いながら、一番重要な事を考えないでいた。高鳴る心臓を抑え、白ウサギに話を聞く準備が出来た事を目で伝える。
「呪いを解く方法は、一つだけあります」
 訪れた静寂。白ウサギが次の言葉を紡ぐまでが、なぜか長く感じた。抑えたはずの胸の高鳴りは、再び高まっていく。
「暗黒の魔女が残した鏡を割れば全ての呪いは解ける、そう記してありました」
「全ての呪いが? その鏡はどこにあるの?」
 差した希望の光。探していた答え。
「それが、分からないんです。本にはその鏡のある場所は書いてありませんでした。僕は鏡の事を知り、ビルと旅に出て鏡を探しました。不思議の国の様々な場所へ行き、鏡の事を聞いて回ったりしたのですが手がかりはなく、今に至ります」 
「そう、だったんだ」
「はい。すみません」
 しゅん、と白ウサギの白いウサギ耳が垂れる。
「ち、違うよ、白ウサギ謝らないで! ありがとう。ずっと、呪いを解く方法を探してくれていたんだね。ごめんなさい。白ウサギは頑張っていたのに、私は知らずに過ごしていたなんて」
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