桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~
「ヒャハハハハハハハ! そうだ、絶望しろ! 惨劇に嘆け! さもすればお前は救われる! 今宵、未来なきことを知り得れば、お前は救われるのだ! 未来で絶望せずにすむのだからな! ククク、ハハハハハハ! どうだ、妾の戯れは楽しいだろう」
「黙れ! 消えろ暗黒の魔女!」
 近くで鳴った銃声さえ、遠く感じた。気力をなくし、力が入らない。まるで心が身体から離れ迷子になっているよう。暗黒の魔女を見つめ叫んだのはつい先刻なのに、遠い過去に思える。
 あの時の私は一体どこ?
 視界に映る、枯れた草木。くすんだ地面は乾いていて、全く水分を感じさせない。まるで死んだ土地。草も、木も、土も。闇によって死んでいく。私の心も地に連動していくかのようだった。垂れてきた鮮やかなはずのピンク色の髪も色褪せて見える。
 項垂れる私の肩を、おそらく黒ウサギだろう。力強く掴んでいるはずなのに、感覚がない。連続して放たれる銃声が虚しいほど遠い。虚しいくらい、無意味に聴こえる。
 泣けない。
 泣かないじゃない。泣けない。いつもなら涙が出てくるのに、泣くことさえも出来ない。
 本当に辛い時、本当に悲しい時、本当に絶望した時って涙は出ないんだ。
「ククク、最後に十四代目アリス、妾からお前に未来をくれてやろう。光栄に思え」
 暗黒の魔女の言葉だけが頭に響く。力なく首を上げると、暗黒の霧を纏い姿が薄れていく魔女の姿があった。顔は怪しげな笑みを絶えず張り付けている。
 魔女の真っ黒な瞳と視線が交わった。狂気しか見えない、暗黒の瞳。その目に私は、愚かに映っているのだろう。見えるはずなんてないのに、光を失った目をした私の姿が見えた気がした。 暗黒の魔女の手が、真っ直ぐに私を指し、魔法でもかけるように静かに下に下ろされる。
「お前は呪いを解くことができぬ。妾の呪いに囚われたまま、その命は尽きるのだ」
 そして静かに、音も立てず魔女は消えた。残った僅かな量の霧さえも拡散して消えていく。
「くそ、しっかりしろ!」
 肩を揺さぶられ、僅かに思考は闇から浮上する。魔女が消えた後も暗黒に包まれた空があった。赤と黒のコントラスト。未だに不吉な気配が漂っている。ただ、重苦しい空気は軽くなった。息がしやすくなったはずなのに、どうしてか息がするのが辛い。喉が押し潰されて、苦しさが一層に増す。
「あいつの言ったことは気にするな。戯言だと思え」
「戯言? 本当に?」
 そう問うと、黒ウサギの肩がピクリと動く。その反応が余計に私を感情的にさせる。
「誰も消えない? 死なないの? 本当に?」
 堪らなくなって、力の戻った身体で勢いよく立ち上がる。突然立ち上がった私を、黒ウサギは驚いた表情で見上げた。
 感情の爆発が止まらない。
「誰も死なないなら、死なないって言って! 消えないって言って!」
 持てる酸素の限り叫ぶ。
 誰が消えるの?
 誰が死ぬの?
 魔女の言うことが嘘か真実か。何かが囁く。嘘ではないと。根拠なんてない。嘘だと思えばいい。なのに、思えない。忘れた記憶が囁きかける。
『消えるの』
『私達の大切な人は』
『世界を救っても救われない』
 口々に囁かれる真実。アリスが語るアリスの記憶。
 忘れていた真実に目を瞑りたい。耳を塞ぎたい。世界の崩壊が止まっても誰かが消える。白ウサギか、黒ウサギを消したとしても、呪いは止まらない。
 身体を支える足の力が再び抜け始める。情けないことに、黒ウサギに叫んだことで、気力を使い果たしたみたいだった。地面にへたりこみながら、叶わない願いを呟く。
「消えないって、言って」
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