桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~
そういえばさっきまで抱いていた銀色の猫がいた。もしかしてさっきの猫がこの子なのだろうか。
少しずつ距離を縮めるダイナ。私は現状がつかめないまま、立ち尽くすしかできない。暗黒の魔女のような禍々しさも、ましてや悪意や殺意といった感情は感じとれない。近くにいる黒ウサギもチェシャ猫も、ダイナの意図が分からないのか、どう動くか躊躇っているのが分かった。
「魔法をかけなおす? 一体何をするの?」
意味が理解出来ず狼狽える私を、金色の瞳がじっと見つめる。鋭いアーモンド状の光彩に見つめられ、視線を反らせない。
「忘れるノ、主」
「忘れる?」
「忘れなきゃ、忘れさせなきゃ、いけない。主、悲しんでいる。悲しいカラ、その記憶ハ主ガ悲しむモノだから。だから主ニハ魔法ヲかけてある。主ガ、悲しくないように」
拙い言葉で必死に私に伝えてくるダイナ。
私に魔法がかかっていて、それは私が悲しい思いをしないようにするためで。
「かけなきゃ、主が悲しまないように。魔法が解けて、なくならないように」
ダイナの手が、私の頬を包もうと伸ばされる。鈴の音が、やけに心地よく耳に届く。このままこの心地よさに身を預ければ、きっと楽になる。
「ダイナ、だめっ!」
寸前のところで、ダイナを引き留める。肩を掴んで押し戻すと、ダイナは驚いたのか目を見開いた。私の行動に驚いたのはダイナだけでないみたいで、私を守ろうと、手を出しかけたチェシャ猫も同じ表情をしていた。銃を構えた黒ウサギも、自然と銃を下ろす。
「なんで? 悲しいなら、忘れたいト、望むモノ」
「記憶って、さっき思い出した、アリス達の記憶だよね? 魔女の予言に関する真実」
世界は救えても大切な人は救えない。前代のアリス達の悲しい記憶。悲しい真実。
「ソウ、ダカラ、忘れさせなきゃ、わたしは主ヲ」
「忘れちゃいけないの。悲しい記憶でも、覚えてなきゃ」
私の言葉に、余程衝撃があったのか、ダイナはポカンとする。空いた口から、鋭い八重歯が見えた。
「主は望まないノ? 悲しい記憶、忘れたいって」
「うん、忘れたいと思ったよ。けど、忘れちゃいけないの。この先呪いを解く為に必要な記憶だから。呪いを解きたいの。だから、記憶を封じないで」
「主がソウ、望むなら」
私の瞳を見つめると、行き場を失っていた手をゆっくりと下げる。
鈴が悲しげに鳴って心が傷んだけれど、ダイナが私を思ってくれていたことに安堵を覚えた。やるべきことを失ってしまったダイナは、考えごとをするように黙りこむ。そんなダイナの頭を、優しく撫でる。チェシャ猫が私にしてくれたように、優しくゆっくりと。元々艶の良い銀色の髪は、サラサラしていて肌触りが良かった。
ふと、不思議とダイナを撫でるのは、初めてではない気がした。ずっと昔、こうしていたかのような違和感のなさ。ずっとこうしたかったという思い。
二つの矛盾は、相対している。でも、これは刻まれた想いから来るものだと。慣れてしまったこの感覚は、それを私に知らせていた。頭を撫でられているダイナは気持ち良いのか、目を細めて喉を鳴らす。
「ありがとう、ダイナ。ずっと私達を守ってくれて」
鈴が、ダイナの返事を代弁するかのようにリン、と鳴る。
「主、わたしハ一代目アリスの飼い猫。主を追って此処まで来た。わたしハずっと主の猫。ダカラ、主の味方」
ダイナは微笑むと一歩後ろへと後退する。
「主ガ必要トするまで、待つワ」
そして魔法でも使ったかのように、少しずつ姿を消していく。懐かしい大切な猫を、ひき止められないのがもどかしい。
少しずつ距離を縮めるダイナ。私は現状がつかめないまま、立ち尽くすしかできない。暗黒の魔女のような禍々しさも、ましてや悪意や殺意といった感情は感じとれない。近くにいる黒ウサギもチェシャ猫も、ダイナの意図が分からないのか、どう動くか躊躇っているのが分かった。
「魔法をかけなおす? 一体何をするの?」
意味が理解出来ず狼狽える私を、金色の瞳がじっと見つめる。鋭いアーモンド状の光彩に見つめられ、視線を反らせない。
「忘れるノ、主」
「忘れる?」
「忘れなきゃ、忘れさせなきゃ、いけない。主、悲しんでいる。悲しいカラ、その記憶ハ主ガ悲しむモノだから。だから主ニハ魔法ヲかけてある。主ガ、悲しくないように」
拙い言葉で必死に私に伝えてくるダイナ。
私に魔法がかかっていて、それは私が悲しい思いをしないようにするためで。
「かけなきゃ、主が悲しまないように。魔法が解けて、なくならないように」
ダイナの手が、私の頬を包もうと伸ばされる。鈴の音が、やけに心地よく耳に届く。このままこの心地よさに身を預ければ、きっと楽になる。
「ダイナ、だめっ!」
寸前のところで、ダイナを引き留める。肩を掴んで押し戻すと、ダイナは驚いたのか目を見開いた。私の行動に驚いたのはダイナだけでないみたいで、私を守ろうと、手を出しかけたチェシャ猫も同じ表情をしていた。銃を構えた黒ウサギも、自然と銃を下ろす。
「なんで? 悲しいなら、忘れたいト、望むモノ」
「記憶って、さっき思い出した、アリス達の記憶だよね? 魔女の予言に関する真実」
世界は救えても大切な人は救えない。前代のアリス達の悲しい記憶。悲しい真実。
「ソウ、ダカラ、忘れさせなきゃ、わたしは主ヲ」
「忘れちゃいけないの。悲しい記憶でも、覚えてなきゃ」
私の言葉に、余程衝撃があったのか、ダイナはポカンとする。空いた口から、鋭い八重歯が見えた。
「主は望まないノ? 悲しい記憶、忘れたいって」
「うん、忘れたいと思ったよ。けど、忘れちゃいけないの。この先呪いを解く為に必要な記憶だから。呪いを解きたいの。だから、記憶を封じないで」
「主がソウ、望むなら」
私の瞳を見つめると、行き場を失っていた手をゆっくりと下げる。
鈴が悲しげに鳴って心が傷んだけれど、ダイナが私を思ってくれていたことに安堵を覚えた。やるべきことを失ってしまったダイナは、考えごとをするように黙りこむ。そんなダイナの頭を、優しく撫でる。チェシャ猫が私にしてくれたように、優しくゆっくりと。元々艶の良い銀色の髪は、サラサラしていて肌触りが良かった。
ふと、不思議とダイナを撫でるのは、初めてではない気がした。ずっと昔、こうしていたかのような違和感のなさ。ずっとこうしたかったという思い。
二つの矛盾は、相対している。でも、これは刻まれた想いから来るものだと。慣れてしまったこの感覚は、それを私に知らせていた。頭を撫でられているダイナは気持ち良いのか、目を細めて喉を鳴らす。
「ありがとう、ダイナ。ずっと私達を守ってくれて」
鈴が、ダイナの返事を代弁するかのようにリン、と鳴る。
「主、わたしハ一代目アリスの飼い猫。主を追って此処まで来た。わたしハずっと主の猫。ダカラ、主の味方」
ダイナは微笑むと一歩後ろへと後退する。
「主ガ必要トするまで、待つワ」
そして魔法でも使ったかのように、少しずつ姿を消していく。懐かしい大切な猫を、ひき止められないのがもどかしい。