桃色のアリス ~暗黒の魔女とアリスの想い~
瞑っていた目を恐る恐る開けると、 闇を振り払えない森の光景が消えていた。代わりにあるのは、城にあるはずの法廷の光景。高い天井。一面の白い壁に、トランプの模様を描いた赤く美しい柱。白と赤で統一された空間に、置かれた祭壇。そして、裁判官の席に座る人物に唖然とする。
「女王、様」
 変わらなく美しい金髪の髪が、ライトの明るさを受けて輝いている。威厳を含んだ鋭いブルーの瞳。その瞳が、こちらを見つめている。視線が交わった瞬間、ほんの少しだけ女王様の瞳が揺らいだ気がした。
 怒っている。寄せられた眉だけでなく、女王様からは怒気が感じられて、身体が硬直した。声が出ない。呼吸も上手く出来ない。
 何を、言えばいいの?
 私は、女王様の命令に逆らい、呪いを解く決意をした。それは、女王様にとっては裏切ったも同然。
言い逃れの出来ない事実が、つきつけられる。
 女王様に会ったら、きちんと話そうと思っていたのに、いざとなると怖い。 女王様の鋭い視線に負けそうになる。足が震えて、涙が浮かんだ。
 怖い、けどやらなきゃ。体でチェシャ猫や皆を守れない私がここで何も出来ないなら、私は本当に役立たずだ。 何より、伝えなきゃいけない。呪いは解けること。鏡の存在。黒ウサギと分かり合えたこと。
「女王様、私」
「ダメよ。世界の崩壊は、黒ウサギか白ウサギの命を犠牲にしなければ止められない」
 女王様は冷ややかにこちらを見下ろすと、気を失っている三月ウサギを指した。
「それも、もはや世界に害を及ぼす存在。排除は免れられないわ」
「ダメっ! 帽子屋や眠りネズミが三月ウサギの帰りを待っている! 三月ウサギだって、好きで狂っているわけじゃないのに」
 今にでも三月ウサギの命を奪おうとするような視線に耐えきれず、体が動いた。
 チェシャ猫の腕の中から離れ、女王様の視線から三月ウサギを守るように立つ。すると先程よりも更に、自然と女王様と向き合う形になった。
 これじゃまるで、暗黒の魔女と対峙している時みたいだ。対立なんかしたくないのに。
 睨み合う視線。決して穏やかとは呼べない険悪な雰囲気が空間を支配する。否定したくても、出来なかった。あの時と同じ、相容れない対峙。
 世界の崩壊を止めたい。その願いは同じはずなのに、なぜ私たちは対立しているのだろう。けれどここで女王様に従うわけにはいかない。
 私は覚悟を決めて、息を吸った。そして、思いを込めて言葉に変える。
「呪いは解けるの! 三月ウサギも、呪いが解ければ狂わなくなる! 呪いを解く鏡があるの。鏡を見つければ、世界の呪いも、私達の呪いも解ける! 私は誰一人欠けてほしくない!」
「だから待て、と言うのね?」
 目を閉じて私の話を聞いていた女王様が、私の言葉の続きを予想して不意に口を開く。
そして、私だけでなくこの場全てを制するかのように続ける。
「世界が崩れ、住人が消え失せ、狂い、もがく中、待てと言うのね。今だって世界は崩壊し、住人は狂い始めている。失われた命だってあるかもしれないわ。あんたはそれを無視して、見つかるあてもない鏡を探し続けるのね?」
「それはっ!」
 今、世界がどうなっているか。
 帽子屋の館のある街で出会った狂った住人。崩れかけた土地。大きな恐怖を目の前にして、絶望に支配された心がどう狂っていくのか、私は身をもって実感した。
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