どうやら飼い慣らされていたのは、わたしの方だったようです
「だから、少しだけ遊んでいかない?」 

 メリステリアはゆるりと椅子から立ち上がる。たおやかな彼女の指が、そっとジャックの頬に添えられる。そのまま輪郭をなぞるようにゆっくりと指が這う。

 艶やかな紅を塗った唇が弧を描く。間違いない。これは、誘惑している。

『魅了のメリステリア』

 それこそが彼女の二つ名。狙って落とせなかった男はいない。なんなら狙っていなくてもぼろぼろと勝手に落ちていく。メリステリアはそういう魔女だ。

「前からずっと、かわいいなって思ってたのよ」

 長身のジャックに、メリステリアはそっと背伸びをする。そりゃあ昔わたしがどこかしこと連れ歩いてしまったから、魔女の間でジャックは“かわいいぼうや”として評判だ。実際、天使の輪が落ちる金髪を翻してにこにこと微笑むあの頃のジャックは、本物の天使のようだった。

「ね、テレーズがいない間なら、いいでしょう。少しぐらい」

 まるで想い合う恋人にするみたいに、メリステリアは両手でジャックの頬を包み込むようにする。そのまま二人の距離が限りなくゼロに近づいていく。

「ジャック」

 応えるようにジャックはゆっくりと、メリステリアの肩に手を伸ばす。
 わたしはそれを、大変不本意ながら特等席で拝見していた。

「んなー」

 いつの間にか、子猫のような声を上げていた。ぱっとジャックの目が、わたしの元へと戻る。

「あ、ごめん。強く抱きすぎたかな」

 その腕の力は心地いいほどで、強いということはないけれど。

「ジャック? どうしたの」

 メリステリアが怪訝そうな声で呼ぶ。ジャックはメリステリアを見つめて、人懐っこく微笑んだ。

「いえ、メリ姉さん。ほら、肩に糸くずが」
 そうして広げた手には、言葉通り糸くずが乗っていた。

「ま、まあ。ありがとう」

 メリステリアは紫の目をぱちくりと見開いていた。

「おれ、もう行きますね。何かあれば教えてください」

 無理もない。この様子では、ジャックに彼女の魅了は全く効いていなかったのだから。

「え、ええ……分かったわ」

「では、また」

 猫のわたしを抱えなおすと、ジャックはきれいに礼をする。ぽかんとするメリステリアは、呆けたようにひらひらと手を振っていた。

 そうしてわたしは、メリステリアの魅了が通用しない男をこの目ではじめて見たのだ。
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