どうやら飼い慣らされていたのは、わたしの方だったようです

5.穏やかな暮らし

 結論から言えば、わたしは朝目が覚めてもまだ猫のままだった。

 次の日もその次の日も、人間には戻れなかった。結局ジャックが用意する食事とミルクを食べて、一緒に眠る生活をもう一週間も過ごしている。

 そして。

「なあ、いたずら子猫ちゃん。こっちにおいで」

 ジャックの足元には水をたたえた桶がある。いわゆるお風呂、といった感じで。
 わたしは慌てて戸棚の上に飛び乗った。長身のジャックが手を伸ばしても、ここなら届かない。

「にゃっ!」

 飼い猫をお風呂に入れるのは、何も悪いことではない。悪いことではないけれど。

「やさしくするから」

 こちとら本来は人間なのである。何が悲しくて育てた弟子にお風呂に入れられなければいけないのだろう。勘弁してほしい。

 もっとも、ジャックはこの猫がわたしだとは気づいていないわけだが。

「しゃー!!」
 わたしが毛を逆立てていたら、諦めたようにジャックは肩を落とした。

「分かったよ。お風呂には入れないから、な」

 迎え入れるように両手を広げてみせる。わたしは後ろ足で戸棚を蹴って、ジャックの腕の中に飛び降りた。

「よしよし。いい子だな」

 頭を撫でられれば、自然と喉が鳴る。見上げれば、ジャックの顔色はさえない。

 ジャックは毎日わたしの家に行って、わたしが戻っていないかを探している。間に他の魔女のところも訪ねている。

 ここにいますよ、と言いたいけれどそれもままならない。きっと心配してくれているのだろう。

 町での暮らしにジャックは見事に順応していた。彼はどこにでもわたしを抱えて行ったが、パン屋さんではおかみさんにおまけをしてもらい、ワインを探していけば酒屋の店主には可愛がれている。果物屋の看板娘は強めの流し目を送っていた。

 ジャックにはジャックの人生と居場所がある。

 もう、魔女なんかの家に足しげく通う必要もないだろうに。わたしが中途半端に弟子なんかにしてしまったせいだ。

 人間に戻れたらちゃんとジャックを自由にしなければ。そう思った。
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