どうやら飼い慣らされていたのは、わたしの方だったようです

6.戻れなくなる

「まずいわね」
 二度目に訪ねた時、メリステリアは猫のわたしを見て形のいい眉をしかめた。

「どうかしたんですか」

 ジャックが心配そうに、抱えたわたしをぎゅっと抱きしめる。

「ああ、うんそうね……まあ、その」

 紫の瞳が訴えかけてくる。

 ――あんた、どうする?

 とばかりに。気になるのはやまやまだけれど、ジャックの前では聞けない。わたしは、ふるふるとかぎしっぽを振って応える。

「ジャック。あんたちょっと、ベランダの洗濯物取り込んできて」
「はい? なんでおれが」

 露骨にジャックが嫌そうな顔をする。うちの家の洗濯物なら頼んでいなくても勝手に取り込んでいるのに。

「いいから。やらないとテレーズが帰ってきた時にチクるわよ。あ、あとその猫は置いていきなさい」

「……分かりました。でも、せんせいが帰ってきたらちゃんと『ジャックはすごい働き者で最高』って報告してくださいね」

「分かった。あんたは最高の素晴らしい弟子よ。だから、さっさと行って」

 メリステリアの声は分かりやすく棒読み。

 ジャックはしぶしぶとばかりにわたしをメリステリアの膝に乗せる。未練がましそうな目をしてジャックはベランダへと続く階段を上って行った。

 潜めた声でメリステリアが言う。

「ちょっとテレーズ。いつまで猫でいる気なのよ」

 いつまで、と言われましても。
 そんなことわたしが聞きたいぐらいだ。

「体が猫に馴染み始めてる。このままだと、あんた人間に戻れなくなるわよ!」

「にゃっ!?」

 戻れなく、なる?

「あたしの見立てだと、あと三日ってところよ。とにかく、早くなんとかしなさい!」

 ――じゃあ、一体どうすればいいのよ。

「にゃにゃっ?」

 前足の爪がメリステリアのローブにかかって、じゃれているようになる。

「メリ姉さん、終わりましたよー」

 ジャックの籠いっぱいの洗濯物を持って階段を下りてくる。お手上げとばかりにメリステリアは肩を竦めてみせる。わたしはすぐさま、またジャックに抱えられることになった。

 帰り道、とある店の前を通りかかったところで呼び止める声がした。

「おい、ジャック!」

 看板を見れば剣のマークが描かれている。きっと鍛冶屋だろう。筋骨隆々の店主が豪快にジャックを呼ぶ。

「ああ、おやっさん。先日はありがとうございました」

「こないだのあれ、どうなったんだ?」

 こないだの、あれ。その言葉に、ジャックはしゅんとして返す。

「実は……まだ渡せてなくって」

「そうかぁ。頑張って作ってたのになぁ」

 気張れよ、と大きく肩を叩かれるが、間の抜けた声で「はい」とジャックは返す。

 ひょろりと長い影が、町の石畳に伸びていた。
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