温厚柔和な若旦那さまは、愛のためなら喧嘩上等!
  ❖


 ――そして徹の会社、藤徹(ふじてつ)商事の商品が初めて百貨店に並ぶ日の朝。

「茜――ああくそっ、とんでもなく可愛いな!」
「もう、徹さんたら」

 夫婦となり、くだけた口調で照れる茜は最新のモードに身を包んでいた。社長夫人みずからマネキンとなり、百貨店の店頭で宣伝に立つのだ。

 志乃の作った服はスッキリとタイトなワンピース。丸い襟ぐりに真珠のネックレスを着け、膝下丈のスカートからは足首がのぞいている。
 昔風の人ははしたないと眉をひそめるだろうか。でも茜はこれぐらい着こなしてみせるつもりだ。

 だって茜は芸者の娘。
 色っぽく襟を抜いた着物を脱いで、スカートを履き。小唄ではなく外国語を口ずさみ。
 そうして徹の隣で生きるだけ。結婚を報告した時に泣いて喜んでくれた母は、もう亡いけれど。

「ああ茜を人前に出したくない。俺だけの茜にしておきたい――」
「うっわ徹、恥ずかしげもなく甘ったるい言葉を吐きやがって」

 控室に顔を出し、からかったのは太一郎だった。晴れて妻となった志乃も一緒にいる。こちらの夫婦もモダンな洋装だ。

「うるさいな、いいだろう。俺の正直な気持ちだ」
「へえへえ、お熱いねえ」
「もうあなたたち! これから大事な仕事だってのに、のんきなんだから」

 志乃が二人を叱りつけ、茜は笑ってしまう。
 仕事仲間にして友人となった小白波夫妻は、いつも茜の味方だ。こんな人間関係が築けたのも徹のおかげで、茜の胸は夫への感謝と信頼ではち切れんばかり。

 手にした幸せが嘘のように感じ、茜はたまに怖くなる。でもそんな時いつも、徹はささやいてくれた。

「何があっても俺が茜を守ってみせる。悲しくなったら――蕩けるほど甘やかしてやるからな。覚悟しておけよ」

 その言葉を疑うことなどない。
 だから今日も、茜は徹の隣に立つ。

「行きましょう徹さん。あなたの作った服を、私が誰よりも素敵に着てみせますから――!」

 徹の腕を取った茜はドアを出て、そして商品が並ぶ売り場へと歩く。お客様が待っている。
 その瞳はかっきりと未来を見据え、輝いていた。


    了

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