顔も知らない婚約者様の御子を一夜で授かりまして
第7章 今度こそ、声よ届いて
(1)変化
王城で暮らし始めて、半月が経った。
生活は穏やかだった。ラピスはレヴィンとすっかり仲良くなり、フロゥの剣術稽古を毎日の楽しみにしている。
フロゥに対してはなぜか生意気なところがあるラピスだけれども、だからこそ余計に、剣術稽古が楽しいのだろう。レヴィンとふたりで毎日元気に勝負を挑んでいる。
カティアもこの城での暮らしに慣れてきたし、星宮の侍女たちも温かく接してくれた。
ただ、ひとつ。
予想もしなかった問題が、カティアの元に押し寄せていた。
窓から差し込む陽光が、白いカーテンをふわりと揺らす。
天井の高い居間に、風が抜けていく。窓の向こうには中庭の緑が広がり、小鳥のさえずりが遠く聞こえた。
星宮の中でも特にくつろげるこの共用の居間は、柔らかなソファーが向かい合わせに並び、壁際には本棚や飾り棚が置かれた開かれた場所だ。
そんな中で、ぶすっと、それはもう見事なまでに不機嫌な顔で、セオが腕を組んでいた。
ローテーブルの上には山と積まれた書簡の束。どれもこれも上等な紙に複雑な印章の封蝋が押されており、差出人の格の高さがうかがえる。
それらを、セオは親の仇でも見るかのように睨みつけていた。
「あ、あはは……」
カティアの乾いた笑いが、部屋の空気に虚しく溶けていく。
部屋の隅では、ラピスが絵本を広げてひとり遊びをしている。
セオの不機嫌な空気を察するなり、カティアの膝の上からするりと降りて、さっさと部屋の向こうへ避難してしまったのだ。
あの小さな身体のどこにそんな処世術が備わっているのか、我が子ながら感心する。
「全く。他国の男からの釣書を手渡す寛大な王など、俺くらいだぞ」
カティアがどう反応したものかと苦笑いしていると、涼やかな声が割り込んできた。
「陛下」
レスターだ。氷のように冷静な瞳が、眼鏡の奥で光っている。
彼はいつものように背筋を正し、淡々と口を開いた。
「心の広い男を気取ったお言葉ですが、事実と異なりますね。あなたがしたのは、他国の王族からの正式な書簡を勝手に燃やそうとしたこと。そしてそれを止めたのは、この私です」
「…………」
「あの場に私がいなければ、外交問題に発展していたところですが。よもやお忘れではありませんね?」
なんと、これらの書簡がここに積み上がるまでにすでに一悶着あったらしい。
早々にばらされ、セオは忌々しげに舌打ちをした。
「この、凍れる冷徹眼鏡め」
「その二つ名は適切ではないと何度も申し上げました。それでは眼鏡が本体になってしまう」
「お前の本体は眼鏡で合っているだろう」
「私の本体はこの頭脳です」
涼しい顔で言い返すレスターに、セオが言葉に詰まる。
あのセオがすっかりやり込められている。先ほどまでの凍てつく空気もどこへやら、カティアはくっと笑いを噛みしめた。
「わ、笑うなカティア」
「ごめんなさい……でも、ふふっ」
セオが余計にむくれる。それがまたおかしくて、カティアは口元を手で覆いながら、肩を震わせた。