顔も知らない婚約者様の御子を一夜で授かりまして
(2)父との面会
――翌日。
「本当に会うのか?」
午後の麗らかな時間、セオはカティアの肩をがっちり掴み、じいっと凝視してきた。その瞳には隠しきれない心配の色が滲んでいる。
「ええ」
もちろんカティアの決意は変わらない。彼の心配を払拭するようにと微笑み、しっかり頷く。
なにをかと言えば、リーヴス侯爵との面会であった。
すでに面会の手筈は済んでいる。駄目元でカティアから手紙を送ったところ、ふたつ返事で承諾をもらったのだ。
向こうも面会の必要性を感じていたと、とても父らしくない言葉が添えられていた。
いや、確かに、カティアが『星の子』の母ともなれば会わないわけにはいかないとは思う。
しかし、あの頑固で厳格な父のことだ。どんな事情があったとしても、一度勘当した娘に会うような人ではない。
「セオが教えてくれたのよ。お父様が、陰ながら私の援助をしてくれていたって」
それがなければ、カティアも会おうとは思わなかったかもしれない。
「――私ね。ずっと、お父様の期待に応えたかったの」
完璧な令嬢であれ。リーヴス侯爵家の名に恥じぬ振る舞いをせよ。
『夢喰』という不名誉な御印を授かった娘だからと、一層厳しく律されてきた。
「でも、心のどこかで、いつも諦めていたの。どうせ分かり合えないって」
どれだけ頑張っても見向きをしてもらえない。
『夢喰』を授かった時点で、カティアに可能性なんてない。
そう決めつけ、向き合うのをやめてしまっていた。――だけど。
「今ならもっと、違う関係を築けるかもしれないって思うから」
カティアは真っ直ぐにセオを見つめた。
彼女のアクアブルーの瞳に揺らぎなどない。
「応援してくれると、うれしい」
セオはカティアの顔をじっと見つめ――ふと、表情が和らぐ。
「わかった。行ってこい」
その穏やかな声に、背中をぽんと押してもらったような心地がした。
カティアが微笑むと、ふたりの足元で、ぴょんと小さな影が跳ねた。
「じじさま! じじさまにあいたい!」
ラピスだ。
お客様をお迎えする今日の彼は、いつにも増してキラキラした格好をしている。
薄手の藍色の上着には銀のボタンが並び、同じ藍のハーフパンツに、白い靴下をソックスガーターで止めている。白いシャツの襟元にはきちんとリボンが結ばれ、さらに瑠璃色のブローチが輝いている。
商業都市レイネで暮らしていたときとは違う、王子様然とした格好もあっという間に板についてきた。表情こそヤンチャそのものだが、そこはご愛敬だ。
「ラピス」
カティアはしゃがんで、ラピスと目線を合わせた。
「いい? 相手はあなたのおじいさまだけど、とても偉い人なの。お行儀よくね」
「えらいひとって、とうさまより?」
ちらりとセオを見上げるラピスに、セオがわずかに胸を張る。
最近「とうさま」と呼ばれるのが嬉しくて仕方がないらしい。口元がほころんでいるのを、まるで隠しきれていない。
カティアはくすりと笑って、ラピスの銀髪をそっと撫でた。
「父様より偉い人は、そうそういないかもしれないけれど――敬意と礼節は忘れちゃいけないの。わかる?」
「わかった!」
つい難しい言葉を使ってしまったため、多分、わかっていないかなと苦笑する。
調子がいいことだ。それでも、ぴしっと背筋を伸ばしたラピスを見て、今の彼をリーヴス侯爵に見てほしいとも思った。
『星の子』以前に、この子が愛した人との間に生まれた子供なのだと。
紆余曲折あった。とんでもない迷惑をかけ、謝罪しなければいけないこともたくさんある。
それでも、今の自分は幸せで、これから頑張っていきたいと思っていると。
そうすることで、リーヴス侯爵の名誉が少しでも回復すればいい。心からそう思っていると。
許してもらえないとは思うけれど、誠心誠意謝りたかった。
そして、感謝を。陰ながらも、長く見守り続けてきてくれたことの感謝も伝えたい。
「行きましょう」