顔も知らない婚約者様の御子を一夜で授かりまして
――ラピスとふたり、フロゥをはじめとした護衛を連れて外に出る。
面会場所は、星宮の敷地内にある中庭だ。
ラピスの身分上、城の外に出るのは許されない。だからリーヴス侯爵にはこちらへ足を運んでもらう形となっている。
中庭と言えば、普段はフロゥがラピスやレヴィンに剣術の稽古をつけている場所で、カティアにとっても見慣れた景色ではある。
けれど今日は、少しだけ様子が違っていた。
芝生の上に白いクロスのかかった丸テーブルが置かれ、その上には花とともに、磨き抜かれたティーセットが並んでいる。
三段のケーキスタンドには、ビターチョコレートや、ハーブを効かせたケークサレ、ドライフルーツとナッツを合わせたカナッペなどが丁寧に盛りつけられていた。甘さは控えめに、リーヴス侯爵の舌にも合うものを選んだつもりだ。
――そう。全部、カティアが選んだものだ。
父のためにお茶会を用意するなんて初めてだ。そわそわと落ち着かない心地でいると、やがて、渡り廊下の向こうに人影が現れた。
侍従に案内され、こちらへ歩いてくるひとりの男性――リーヴス侯爵だった。
カティアの記憶にある父と、ほとんど変わらない。
ミルクティーベージュの髪はかっちりと後ろになでつけ、背筋はぴんと伸び、歩き方ひとつにも隙がない。面会にあわせた黒のフロックコートは仕立てがよく、銀のカフスが午後の光を受けて上品に光っていた。
口元は真一文字に引き結ばれ、厳格で近寄りがたい、変わらない父の顔だ。
リーヴス侯爵はテーブルの前まで来ると、なにかに驚いたかのようにわずかに目を見張るも、まずカティアの隣に立つラピスに目を向けた。
そして深く、丁寧に頭を下げる。
「――殿下。ご挨拶をさせていただいてもよろしいでしょうか」
ラピスはぱちぱちと目を瞬かせ、自分?と首を傾げている。
「侯爵位を賜っております、ノクティス・イヴ・リーヴスと申します。どうぞ、お見知りおきくださいませ」
一分の隙もない挨拶に、ラピスがぴくっと身体を強張らせる。
王城に来てから「殿下」と呼ばれることには、それなりに慣れてきているはずだ。しかし、自分の祖父にまでそう呼ばれるとは思っていなかったのだろう。
「じじさま?」
ラピスが小首を傾げながら、ぽつりと呟く。
「ラピスでいいよ?」
厳格なリーヴス侯爵の眉が、微かに動いた。しかし、静かに首を横に振る。
「そういうわけにはまいりません。殿下はこの国で唯一となる、尊き御身。いくらこの血が流れていようと、気安く接してよいお方ではございません」
「じじさまなのに?」
「じっ――」
今度は目に見えてリーヴス侯爵が狼狽える。
「じ……、た、たとえ、血の繋がった祖父であっても、です」